市指定有形文化財「桃形兜」

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市指定有形文化財「桃形兜」

桃形兜(ももなりかぶと)

この桃形兜は安土桃山時代末期から江戸時代初頭に製作されたものと考えられ、後世の改変を受けておらず製作当初の姿をよくとどめています。桃の果実を模した変わり鉢の形状も美しく、丁寧に製作された桃形兜として価値が高いものです。

桃形兜 桃形兜

文化財の特徴

桃形兜は、戦国時代に発生した変わり兜の中でも先駆けをなすもので、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて西日本で流行し、身分の上下を問わず使用されました。本例は戦国武将・吉川元春が宗形神社(米子市宗像)に奉納したものと伝えられており、代表的な桃形兜のひとつとして古くから知られていました。

兜鉢は、よく鍛えた4枚の鉄板を中央・側面で矧ぎ合わせ、さらに2枚の腰巻板をついだ6枚張です。左右の合わせ目に鋭い鎬を立てて、前半分を緩やかな傾斜、後半分を球形の桃形に整えています。曲線的な当世風眉庇には、前立を取り付ける堅牢な一本角元が装着されていますが、威容を誇る前立は失われています。鉢部とそれに続く腰巻板の表面と眉庇の表裏面は金箔押しの上から透漆を塗った上質な白檀塗り仕上げとなって飴色を呈しています。内張・忍の緒は失われています。錣に取り付けた吹返しは小型で、当世兜の特徴を表しています。頸部を保護する錣は黒漆塗りした帯状の鉄板を5枚素懸に懸け垂らし、肩当たりの左右を刳った日根野錣となっています。

沿革について

宗形神社は、平安時代の斉衡3(856)年に「従五位上」の神階を授与されている延喜式内社で、もとは山頂付近に鎮座していたものを弘治2(1556)年に戦国武将・尼子晴久により現在地に遷座され、その後も武将たちの崇敬は篤く、武具などの献納がなされていました。

桃形兜は、平成29年に米子市へ寄贈されました。

見学について

米子市立山陰歴史館に問合せしてください。
米子市中町20番地
電話0859-22-7161

掲載日:2020年11月5日