国登録有形文化財 旧外江屋店舗(米子まちなか観光案内所)

本文にジャンプします
メニュー
国登録有形文化財 旧外江屋店舗(米子まちなか観光案内所)

旧外江屋店舗(米子まちなか観光案内所)

   灘町2丁目の旧茅野家は毛利家の武将で、敗戦を期に境港の外江に逃れたといい、外江屋の屋号はこの経緯に由来する。江戸時代に灘町に移り、明治から昭和時代にかけて魚商・魚干物類を中心に商い、海産物問屋としてその取引先は遠く北海道、満鮮地方におよび、昭和3年より刻鯣の製造にも着手している。

旧外江屋(茅野家)の屋敷は、明治時代初期の地籍図をみると茅野家本店・出店と二筆になっており、現存する旧外江屋店舗は、茅野家出店に相当する。宝暦13年(1763)と慶応2年(1866)の棟札二枚があり、太い梁の古材が用いられていること、また各所に和釘が使用されていること、屋根勾配が米子に残る町家建築の中でも特に緩やかで、江戸時代の遺構であることが窺える。宝暦13年に建てられた家の古材も利用して慶応2年に建て直したと考えられる。

 木造2階建で、間口4間、奥行4間半、建築面積86平方メートルと米子の町家としては小規模である。屋根は瓦葺であるが、屋根勾配は28分と緩く、当初は板葺きであったとも考えられる。間取り形式は二列奥行三室形で、当初は表に大戸を吊り、格子戸が嵌められていたという。トオリニワ側の中ほどには天井が張られておらず、上部には神棚を設けるなど、この地方の典型的な町家形式を伝えている。オクノマの床の間は奥行が浅く、町家における床の間の初期的姿を伝えている。なお、ミセとナカノマの境上部には径1尺余り、手斧仕上げの太い梁が桁行いっぱいに伸びている。町家に太い梁を架けるのは、重要文化財後藤家住宅主屋にも見られるが、米子地方の町家の特徴でもある。

 なお、主屋の奥には1間半四方2階建てが隣接しており、2階の四畳半には床があった痕跡が残る。以前は茶室としても使用されるなど、町家の離れ座敷の姿を留めており、主屋と一体の建物であることが分かる。

   旧外江屋店舗は、建物の間取りは、中央部に神棚を上げた吹き抜けのある米子の町家として、古い姿を伝える。所有者(茅野家18代)から相談を受けて米子町家町並再生プロジェクトが中心になって保存に取り組み、修復に際してのワークショップでは米子高専建築学科も参画し、内部の架構は変更せずに補修、正面観は前所有者の記憶に基づき修復を試みている。現在は一般社団法人米子観光まちづくり公社が「米子まちなか観光案内所」の事務所として使用し、米子界隈の観光案内の拠点になるとともに、米子の町家・町並みの保存再生活動の拠点となっている。

米子まちなか観光案内所 建物内の太い梁
 米子まちなか観光案内所          

掲載日:2021年7月8日