日野橋に出た幽霊

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日野橋に出た幽霊

日野橋に出た幽霊

戦後もだいぶたった頃の話ですので、覚えておられる人も多いかと思いますが、こんな世間話が米子で広がったことがありました。

…夕方、ある人が白い乗用車を運転して日野橋を渡っていたところ、きれいな娘さんに車を止められ、便乗させてくれるよう頼まれたそうな。
気の良いそのドライバーは相手が美人ではあるし二つ返事でドアを開け、後ろの座席に座らせ、しばらく走ってから「どこで降りなさるかな」と聞いた。
「もう少し先まで」
そのまま車を走らせ「このあたりかな?」といって後ろを振り返ってみたところ、乗せたはずの女は消えていて、座っていた所のシートは水でぐっしょりと濡れていたそうな…

これと同じ怪事件が同じ場所で続いて何回か起こったそうで、噂が噂を呼んで物好きな人の運転する白い乗用車が、夕方になると日野橋にずらりと並びだして、当時の週刊誌の記事にもなったのを覚えています。
戦後もしばらく経った頃でも、こんな非科学的な世間話がまことしやかに語られ、それを真に受けた人がいたとは、と嘆かれるご仁もおられるとは思いますが、この話、幽霊の身になってみれば、この世に出て来やすい条件がそろった話になっているのです。
まず「橋の上」という場所。
橋は向こう(彼岸(ひがん))とこちら(此岸(しがん))、言い換えればあの世とこの世をつなぐ所です。迷える魂である幽霊はあの世とこの世の接点・境界に姿を現すものなのです。
つぎに「夕方」という時間帯。
魔物の活躍する夜と、人間の活躍する昼の境界、朝方(彼は誰時…かはたれどき)夕方(誰そ彼時…たそかれどき)もまた人が幽霊に出くわす時間帯なのです。
しかし、なぜ「白い乗用車」なのかはわかりません。この話、ひょっとして白い乗用車を販売している会社の人で、幽霊の気持ちもよく分かっている人が、車を売らんがために意図的に流した話だったのかも知れません。
幽霊の出そうもない寒い季節の寒い話でした。お風邪を召されませんようご用心。


補強工事中の旧日野橋

平成17年2月号掲載

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掲載日:2011年3月22日

【利用上の注意】

掲載している昔話・伝説・言い伝えなどの民話は、地元の古老から聞いた話や地元での伝承話、また、それらが掲載された書籍などからの情報を載せているものですので、活用する際は次の点にご注意ください。

  • 民話は、ある程度の史実が背景にあったとしても、それが人々の想像の中で改変され、また、伝承の過程でさまざまな変化を遂げていきます。そのため、史実とは異なる内容、名称等が使用されている場合や学術的な裏付けがないものもあります。

  • 捉えかたにより、記載されている年号や年代、月日、読みかたなど、事実と異なる可能性があります。

  • 「過去の経験を後世に伝えたい先人の強い思い」として読みとるなど、「地域で語り継がれている事実」に着目することが必要となります。

  • 民話は、すべてが史実ではありませんが、地域にとってたいせつなものが含まれていると考えられます。

  • 筆者は、執筆に関しては、市内各地域をまんべんなく入れること(ただし、合併前のものなので淀江町域の話はありません。)、あまり血なまぐさい話は避けること、故人で忘れられている偉人を発掘し民話に託して語ること、などを心掛けて編集されています。