門松を立てない村(
上安曇)
明けまして
おめでとうございます。
昔の小学校は、元旦に児童を登校させて年頭の式をしました。寒い講堂に集まって、鼻水をすすりあげながら校長先生の長い話を聞いた後、震えながら歌ったものでした。
♪年の始めのためしとて
終わりなき世のめでたさを
松竹立てて門毎に
祝う今日こそ楽しけれ
どこの家でも、門松を立てて新年を祝っていました。ところが、米子でも上安曇集落は昔から門松を立てない村でした。その理由はこうです。
…上安曇の氏神さんは、なかなかの美男子で村の中に彼女がおられたそうな。ある年の大晦日の晩にも、明日は元旦だがマア鶏の鳴く前にお宮に帰りゃぁ良いわい、と思って彼女の家に行って泊まらんしたそうな。
とこうが、まんだ夜が明けん真夜中に鶏が鳴いてしまった。神さんは、やれコリャしまった寝過ごした、と慌てて彼女の家を飛び出っさったところ、暮れからこしらえてあった門松の松で眼を突かれ大怪我をされた。出てみると外はまだ真っ暗闇。お気の毒なことで。それで上安曇の氏神さん(楽楽福神社)は片眼がつぶれたそうだし、それから後は村では門松を立てんようになったし、憎っくき鶏を飼うことも、鶏の卵を食うことも戦後のしばらくまでしなかった。今は鶏も飼うし卵も食うが、門松だけはいまだに作りませんぜ…
片眼になられたのは気の毒でしたが、上安曇の神さんは人間くさくて親しみを感じます。昔のガキ共も神さんに負けず劣らずでして、式が終わって教室に帰る廊下ではとたんに大声をあげて、こう歌っていました。
♪年の始めに餅食うて
終わりなき世に下痢をして
松竹ひっくり返して大騒ぎ
祝う今日こそ悲しけれ
昨年は台風やら地震やらで大変な年でした。今年こそいい年になりますように、神さんよろしくお願いしますよ。
上安曇にある楽楽福神社
平成17年1月号掲載
掲載日:2011年3月22日