中海に落としたキセル

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中海に落としたキセル
中海に落としたキセル

江戸時代、例えば出雲大社へ参る旅人は、片原町(現天神町)の舟宿から出ていた舟に乗って、松江に向かう人が多かったそうです。

享和の頃(1801から1804年)のこと。米子から松江に向けて10人程の客を乗せた舟が出ました。舟の中では、中海を渡る初夏のそよ風に誘われて旅人同志が、なごやかに話の花を咲かせていました。
そんな話の中。 江戸から来たという男が煙草のキセルを取り出し、山家出の乗客に自慢たらたら見せびらかしました。「どれどれ」と田舎者の舟客の一人がそのキセルを受け取ったとたん、手が滑ってそれを中海に落としてしまいました。
さあ江戸の男は怒り出しました。落とした人は平謝りに謝りますが、男は、「あのキセルはさる大名からもらった品だ。そんじょそこらにある品とは違う。すぐに海中を探せ」と無理なことをいい募ります。「松江で上等なキセルを買って弁償するからこらえてごせ」と涙を流さんばかりに、舟底に頭をすり付けて謝るけれども、男は頑として聞かず居丈高に怒りまくります。
他の舟客も見兼ねて、代わる代わる「あんなに詫びとるだけん、こらえてやらんせ」ととりなすけれども、一向に聞き耳を持たず怒りまくっています。
相客の侍も見兼ねて「海に落ちたキセルを拾って来い、なんて無茶なことを言っても解決せん。どげしたらお前は気が済むんだ?」と聞きましたら、男は「落とした奴と腕づくで決着を付けたい」腕力によっぽど自信があるのでしょう、そう言います。侍は、
「ああそれで済むならそれがいい。そこに島が見える。何ちゅう島か。え?萱島(かやしま)いうだか?船頭、萱島に寄ってごせ」
船頭は、仕方なく島に舟を寄せました。
江戸の男は勇んで舟から跳び降りました。落とした男もしぶしぶ腰を浮かせて降りようとするのを侍は抑し止め、船頭から()を取ると、さっさと島から舟を離しました。船頭も侍の企みがやっと分かり、どんどん舟を松江に向けてこぎ出しました。江戸の男は、あわてふためいて萱島の海辺を走り回り叫びますが、聞かばこそ。
舟の中ではさわやかなそよ風と共に、また楽しい話がはずみましたと。


城山から見た中海の夕日 中央右側に見える島が萱島

平成11年6月号掲載

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掲載日:2011年3月18日

【利用上の注意】

掲載している昔話・伝説・言い伝えなどの民話は、地元の古老から聞いた話や地元での伝承話、また、それらが掲載された書籍などからの情報を載せているものですので、活用する際は次の点にご注意ください。

  • 民話は、ある程度の史実が背景にあったとしても、それが人々の想像の中で改変され、また、伝承の過程でさまざまな変化を遂げていきます。そのため、史実とは異なる内容、名称等が使用されている場合や学術的な裏付けがないものもあります。

  • 捉えかたにより、記載されている年号や年代、月日、読みかたなど、事実と異なる可能性があります。

  • 「過去の経験を後世に伝えたい先人の強い思い」として読みとるなど、「地域で語り継がれている事実」に着目することが必要となります。

  • 民話は、すべてが史実ではありませんが、地域にとってたいせつなものが含まれていると考えられます。

  • 筆者は、執筆に関しては、市内各地域をまんべんなく入れること(ただし、合併前のものなので淀江町域の話はありません。)、あまり血なまぐさい話は避けること、故人で忘れられている偉人を発掘し民話に託して語ること、などを心掛けて編集されています。