力持ちの嫁さん
「暑さ寒さも彼岸まで」ですので、9月になっても当分は暑い日が続きましょう。
江戸時代のことです。
荒尾の殿さんの重臣の一人に村河与一右衛門という武芸の達人がいました。村河家は代々与一右衛門と名乗られたので、何代目の与一右衛門さんの時か知りませんが、この人に別ぴんで心優しいすばらしい嫁さんが来られ、みんなに好かれておりなさったそうですと。
ある暑い日の午後、与一右衛門さんが汗びっしょりで城から帰ってきました。かの嫁さんは使用人にたらいを庭に回させ、それに水をいれ、だんなさんに行水を勧めました。彼も喜んで行水をして涼んでおりました。
その時、一天にわかにかき曇って夕立が降りだしました。家人はあわてふためいて、やれ洗濯物だ、干し物だと走り回って、家の主をほったらかしにしていました。それを見た嫁さんは、やおら庭におり立つや、主人も水も人ったままのたらいを、両手を回してヤッコラサと持ち上げ、雨のかからない軒下に運び込まれたそうですと。
また別のある日、買い物にこの嫁さんが町に行かれた時のことだそうです。大勢の人が買い物に熱中しておるところへ、男が息せき切って駆け込んできて「暴れ牛が町の通りに飛び込んだけえ早よう逃げ!」と叫びました。町の中はてんやわんやの大騒ぎ。みんな買い物を投げだし我先きにと逃げ出しました。
村河の嫁さんも慌てて逃げかけましたが、人ごみに巻き込まれ逃げ遅れてしまいました。振り返ると、もうそこまで角を振りかざして大牛が突っ込んで来ています。このままでは角に引っ掛けられて殺される、と思った村河夫人は、止むなく暴れ牛と真正面から向き合い、足を踏ん張って突っ込んできた牛の角を両手でむんずとばかりつかみ、怒り狂って突進する大牛を止め、その場にひねり倒してしまわれましたげな。人々は喜ぶと同時に驚きました。あの優しい嫁さんが、さすがは村河さん家の嫁さん、と言ったかどうかは知りませんけどな。
村河与一右衛門の屋敷は、今の鳥大医学部の本部構内にありました。優しくて力持ちだった奥方が起居されたのもここだったのでしょう。この話が本当のことならば、ですよ。
村河氏宅地跡に立つ碑
平成12年9月号掲載
掲載日:2011年3月18日