旗ヶ崎の天狗松
日本の各地に、天狗岩とか天狗杉とか天狗の名を付けたいわれのある物が数多くあります。伯耆で聞くその天狗とは、大山との係わりで語られるためか、赤い顔の鼻高面の印象より、大山にこもって山の霊気を全身に受けて一心に修行した結果、空を飛んだり姿を消したりの異常な能力を授かった修行者(山伏)の印象のほうが強いように思います。修行の終わりには「柴燈護摩」という火祭りが行われます。大山寺でも10月24日には柴燈護摩が焚かれます。
昔、四日市村(現:福市)に大山で修行の結果、天狗になれたと思い込んだ旦那さんがいました。ある日、修行の成果を見せてやる、と言って村人を多く家に集め、庭の木に登って「どうだ姿が消えたろう」と言いました。村人の一人がおかしいのをこらえて「大方は消えましただども、ちとわて(少しずつ)、ちとわて見えとります」「そげなはずはない、お前はどげだ?」聞かれた男は要領のいい男で「何と大したもんだ。声はすれども姿は見えず、とはこのことだ。何にも見えませんぜ」と調子を合わせましたからさあ大変。天狗さんはすっかりその気になって「そげだらあが。今度は空を飛んで見せるぞ」見物人は大あわてで逃げ出しました。そこへ両手を広げたまま木から落ちてきた天狗さん。あわれや足を折り、腰を抜かしてしまったそうです。
旗ヶ崎には、近年まで内浜街道に「天狗羽休め松」という大木がありました。当時、高さは約17メートル、幹回りは4メートル強あって傘状に枝を広げ、樹齢300年以上の根上がり松で、錦海八景の一つになるほどの名松でしたが、昭和38年の豪雪に老松も傷つき、とうとう伐られてしまいました。
大山の天狗が出雲に出向くとき、この松で羽根を休めたと伝えられています。天狗が休んだ夜は、樹の近くの家の人が天狗を接待されたそうで。よく天狗の用事で家人が出かけられ、明けがた帰って来られたときには、着物がぐっしょり濡れていた、とも聞きました。
出雲・宍道町の天狗松は、一枝でも伐ると木から赤い血が流れ出て、全山鳴動して崇る、と言われていますし、各地で天狗松は、伐っても伐る端からくっ付いてしまい伐れないもんだ、という話が伝わっていますが、旗ヶ崎の天狗松を伐ったときはどうでしたでしょうか。

大正時代の旗ヶ崎の天狗松(錦海八景絵はがきより)
平成11年10月号掲載
掲載日:2011年3月18日