一畑薬師さん

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一畑薬師さん
一畑薬師さん

10月10日は眼の日。
なぜかって、10を寝せて2つ並べると眼に見えませんか?

昔は眼の縁がただれた人、 目ボイタ(麦粒腫)の出た人をよく見かけたものでした。
暗い灯油ランプ、囲炉裏の立ち登る煙、衛生状態の悪さ、などがその原因だったのでしょう。
目ボイタを治すには、向こう三軒両隣りから米粒を3粒ずつもらったり、わらの先を輪にして患部に当て そのわらを燃やすとか、井戸をのぞき込んで水面に杓子(しゃくし)を半分映し「目ボイタを治してくれたら全部見せますよ」と叫んだり、およそ利きそうもないまじないをいろいろ試みたものでした。

信仰では出雲平田市の一畑薬師さん。

その縁日(8日)には、あちこちのお堂で薬師さんを拝みました。
この日、当番は豆ご飯・お茶・お花をお供えし、信仰仲間(講員)を待ちます。
仲間が揃うと、声を合わせて「オンコロコロ センダリマタオキソワカ」と何回もくり返し唱え拝みました。
また4月8日の縁日には、一畑講の代表が平田まで行ってお札やお茶湯をもらって帰りました。
このお茶湯で悪い眼を洗うと治る、と信じられていました。
なんで一畑薬師さんが眼病を治す仏さんになられたかといいますと、こんな話が伝わっております。

…昔、平田の坂浦に与市という漁師がいた。
与市には眼の悪い母がいた。
ある日、 与市が漁をしていると、金色に輝く向こうの島から鳥が2羽飛んできて、舟のへさきで休み、また島に飛んで帰った。
与市は不思議に思ってその島に舟を漕いで行ってみると、なんと、小さな仏様が金色に光りながら、海草にくるまれて寝ておられた。
与市は仏様をわが家に迎えて帰り、朝晩拝んでいたところ、盲目の母の眼が治っていた。そのうわさを聞いて眼の悪い人が参拝しだしたのが一畑薬師さんの始まりだそうな…

彦名の薬師堂のご本尊は、 平田の一畑から流れ着いたとも伝えていますし、市内のあちこちに今も残る多くのお堂や、「一畑薬師」と彫られた石造物を見るとき、その昔の信仰の深さを思い知らされます。


祥雲菴のご本尊さま


彦名一区にある薬師堂の祥雲菴

平成14年10月号掲載

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掲載日:2011年3月22日

【利用上の注意】

掲載している昔話・伝説・言い伝えなどの民話は、地元の古老から聞いた話や地元での伝承話、また、それらが掲載された書籍などからの情報を載せているものですので、活用する際は次の点にご注意ください。

  • 民話は、ある程度の史実が背景にあったとしても、それが人々の想像の中で改変され、また、伝承の過程でさまざまな変化を遂げていきます。そのため、史実とは異なる内容、名称等が使用されている場合や学術的な裏付けがないものもあります。

  • 捉えかたにより、記載されている年号や年代、月日、読みかたなど、事実と異なる可能性があります。

  • 「過去の経験を後世に伝えたい先人の強い思い」として読みとるなど、「地域で語り継がれている事実」に着目することが必要となります。

  • 民話は、すべてが史実ではありませんが、地域にとってたいせつなものが含まれていると考えられます。

  • 筆者は、執筆に関しては、市内各地域をまんべんなく入れること(ただし、合併前のものなので淀江町域の話はありません。)、あまり血なまぐさい話は避けること、故人で忘れられている偉人を発掘し民話に託して語ること、などを心掛けて編集されています。