毘沙門さんの福もらい

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毘沙門さんの福もらい
 毘沙門(びしゃもん)さんの福もらい

…昔、陰田の天神山(山陰道工事で消失)には、毎年、元旦に天から金の鶏が降りてきて、山の上で金の卵を生んでいた。この卵をもらうと金持ちになる、といわれていた。ところが、悪い鬼がいてその卵を毎年横取りするので、陰田の人はなんぼしても金持ちになれなかった。その話を陰田の堂で祭られていた毘沙門さんが聞かれ、いつも世話になる村人のために鬼退治に出かけられた。その姿はまるで火の玉のようだった。丁度その時、陰田に住む相見という神様も、この鬼を退治しようとして、弓幸山(久幸山)で弓に矢をつがえて待っていた。そこへ火の玉が走ったので、「これぞ悪鬼」とばかり射かけると、手ごたえあって火の玉は消えた。
村人は、これで金持ちになれると大喜びした。が、間もなく村中に悪い病気がはやりだし、みんな困っていた。 そこへ白髪の老人が通りかかって「この村の毘沙門さんがわしの夢枕にたたれ『えらぁて死ぬるやぁな』いわれた」と話して消えた。村人は、変な話だと思ってお堂に行って見ると、毘沙門さんの眉間に矢傷があるので驚いた。さては相見の神様は間違えて毘沙門さんを射られたのだ、そのために悪い病気が流行したのだ、と村人は悟って、お詫びとして傷つかれた毘沙門様を安来の清水寺に寄進して許しを乞うたので、また元の平和な村に戻ったと…

と民話は伝えています。
この話には別の話も伝わっています。それはこうです。

…米子城主の中村氏が火の玉を見かけたので、家来にあとを追わせ、天竺池に飛び込んだ火の玉を抱き上げたら、眉間に矢傷のある毘沙門様だったので清水寺に寄進した…

正月二日の夜、「今夜は毘沙門さんが来なはるけぇ戸口を少し開けとけ」といわれたのを覚えています。奥出雲では「毘沙門さんの福もらい」といって、翌三日朝、子ども達は親が部屋に隠したお金や菓子を捜して、それをもらう行事が近年まであったそうです。
和製のサンタクロースは年の始めに来ます。今年は何とか良い福をたくさん毘沙門さんからもらいたいものです。


西校の下にある天竺池


道路工事のため半分になった弓幸山付近

平成14年1月号掲載

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掲載日:2011年3月22日

【利用上の注意】

掲載している昔話・伝説・言い伝えなどの民話は、地元の古老から聞いた話や地元での伝承話、また、それらが掲載された書籍などからの情報を載せているものですので、活用する際は次の点にご注意ください。

  • 民話は、ある程度の史実が背景にあったとしても、それが人々の想像の中で改変され、また、伝承の過程でさまざまな変化を遂げていきます。そのため、史実とは異なる内容、名称等が使用されている場合や学術的な裏付けがないものもあります。

  • 捉えかたにより、記載されている年号や年代、月日、読みかたなど、事実と異なる可能性があります。

  • 「過去の経験を後世に伝えたい先人の強い思い」として読みとるなど、「地域で語り継がれている事実」に着目することが必要となります。

  • 民話は、すべてが史実ではありませんが、地域にとってたいせつなものが含まれていると考えられます。

  • 筆者は、執筆に関しては、市内各地域をまんべんなく入れること(ただし、合併前のものなので淀江町域の話はありません。)、あまり血なまぐさい話は避けること、故人で忘れられている偉人を発掘し民話に託して語ること、などを心掛けて編集されています。