奥谷・荒神林の怪物

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奥谷・荒神林の怪物
奥谷・荒神林の怪物

9日は今年最後の庚申さんの日。と言っても何のことか分からんでしょうなあ。干支でカノエサルの日のことで、61日目に巡ってくるので年6回ある。この日は寝られん日でな。もし寝たら体の中から三尸(さんし)という虫が出て、天に昇って天帝にその人の悪口を言う、すると天帝はその人の命を縮める。てえので一晩中起きとった。起きとっても「庚申の夜なべは後退りする」いうだけえ仕事も出来ず、心穏やかに行儀ようしとらにゃいけん日で。だけん「話は庚申の晩」というてな、日頃は忙しゅうて放ったらかされとる子どもらが、昔話を聞かせてもらえた日だった。この神さんは赤色が好きで、広間などにある庚申棚に、この日は赤飯を供え、南天の赤い実や赤い花を飾ったもんだ。

江戸の昔、米子に荒尾の殿さんとは別に、同姓の荒尾茂兵衛という侍がおった。この人は狩猟が三度の飯より好きで、いっつもお供を連れて猟に行っとった。いつだったか「明日は朝駆けで山へ行こう」と打ち合わせて次の朝山へ行くと、日頃はあれほどごちゃごちゃおる狐や狸が一匹もおらん。浜で見かけた、と聞いて「よし、明日は浜へ行こう」と言って行くと浜にも一匹もおらん。こりゃ変だ、狐がこっそり盗み聴きして仲間に教えとりゃあへんか、と思って「明日は山へ行くぞ」と大声で言っといて浜へ行ったところ、やあ居るは居るは、狐や狸が手当り次第の大猟だった。
それほどの狩猟好きな茂兵衛さんだけえ、庚申さんの夜も何のその。家の者は「今日だけは家に居るように」言って、みんなして引き止めるけど聞かぱこそ。「今夜は奥谷に行く」と言い捨てて猟犬を連れて出てしまった。
奥谷には荒神林いうこんもり繁った林があった。茂兵衛さんはこの林の中に何か獲物が居りそうだ、と思って猟犬をけしかけるが、犬は怖がって入ろうとしない。業を煮やした彼は、犬をつかんで林の中に放り込んだ。すると林の中で犬の悲鳴が聞こえ、引き裂かれた体が投げ返された。
何物が林の中に居るんか、と瞳をこらして見ると、林の中からも、大きな眼玉の怪物がじっと茂兵衛さんをにらみつけていた。 さすがの彼も寒気がして引き返したそうな。

庚申の夜は行儀ようしとらにゃあいけん。


奥谷(成実地区)にある荒神という地名の場所は畑地になっており、片隅には石灯ろうがある

平成10年11月号掲載

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掲載日:2011年3月18日

【利用上の注意】

掲載している昔話・伝説・言い伝えなどの民話は、地元の古老から聞いた話や地元での伝承話、また、それらが掲載された書籍などからの情報を載せているものですので、活用する際は次の点にご注意ください。

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  • 「過去の経験を後世に伝えたい先人の強い思い」として読みとるなど、「地域で語り継がれている事実」に着目することが必要となります。

  • 民話は、すべてが史実ではありませんが、地域にとってたいせつなものが含まれていると考えられます。

  • 筆者は、執筆に関しては、市内各地域をまんべんなく入れること(ただし、合併前のものなので淀江町域の話はありません。)、あまり血なまぐさい話は避けること、故人で忘れられている偉人を発掘し民話に託して語ること、などを心掛けて編集されています。