「飯山」の地名伝説

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「飯山」の地名伝説
飯山(いいのやま)」の地名伝説

国道9号線が城山(湊山)と飯山を左右に分けてしまいましたが、昔はこの二つの山は同じ山並みに並び立つ山でした。城山とは、そこに米子城があったから付いた山名ですが、飯山というのはなぜでしょうか。それには、こんな話が伝えられています。

…米子城の鉄御門(くろがねもん)の下の方に八幡台という石垣がある。そこに昔、軍陣八幡宮という神社が祭られていた。が慶長年間(1596から1615年)に賀茂神社に移られた。この神社はお城を守る神を祭った神社なので、毎年正月、5月、9月に祈祷をして、その守り札をお城に納めていた。
この神社が鉄御門下の八幡台にあったころのこと。神社の前に藪があって、その中に平たい岩があった。ある夜、この岩の上に飯を茶碗に盛って供えておいて、そのあたりを一回りして戻ってみたら、アーラ不思議や、茶碗の中の飯が無くなっていた。それから後、人々は、この岩を「餓鬼岩」というようになった。この神社のあった場所は飯山のすそ野にあたるといわれているので、このことからこの山を「飯山」というようになったのでは、という…

石が飯を食う、とは珍しい話です。これに似た話に大山町一ノ谷の「鎌取(かまと)岩」があります。この岩の上に乗せて置いた鎌が無くなっていた、という話です。
また、備前岡山には「道通(どうつう)様」という神社があります。この神様のお使いはヘビで、氏子がこの神に卵を七個供えて願を掛け、境内を一周して帰ってくる間に、お供えの卵が無くなっていれば願がかなう、といわれています。「飯」と「卵」の違いはありますが、飯山はヘビ山といわれるほどヘビが多い山でしたし、何かよく似た話です。江戸時代の鳥取藩と岡山藩の人的交流の多さを思い合わせれば、道通様信仰の断片が形を替えて、此処「飯山」に伝わったのでは、とも想像できる伝説ではあります。


国道9号線側から見た飯山

平成14年5月号掲載

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掲載日:2011年3月22日