天から落ちた石

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天から落ちた石
天から落ちた石

先年、美保関町に天から石が落ち、あのキンさんギンさんまでもが落石見物されるほどの評判になりましたが、「大山寺縁起」によりますと、大山にも大昔に天から石が落ちた、とあります。四角の石だったようで、大山のまたの名を「角盤山」といいますし、「角盤町」もこれによる町名です。昔の角盤高等小学校の生徒は、かつての大学生のように角帽をかぶっていたというのも、大山の落石の形によるものだったのでしょう。
米子にも天から石が降った話が伝わっています。成実の橋本に鎮座まします阿陀萱神社の境内にある大石がそれです。神社の裏山は三笠山といったそうですが、社伝によりますと、「…神代の昔、宝石天降り一夜の中に(石が)出現せしゆえ、この山を宝石山と称す。この石社伝秘訣あり。 異名石にて側に小社を建て、産石神社と崇敬…」したとあります。
この石を産石神と崇めたことからわかるように、安産祈願の石として拝まれてきました。なぜ産石といわれるようになったのかは、「社伝秘訣」で語られていませんが、ある人は大国主命伝説にあると説かれます。

大国主命は、兄神たちに妨害されながらも美女八上姫を得ましたが、八上姫は大国主の正妻スセリ姫のしっとにいたたまれず、娘阿陀萱奴志喜岐姫を連れて、因幡に帰ることになりました。帰路、橋本を通られた時、娘の姫が榎の枝に手の指を挟まれて抜けなくなりました。そこで娘の姫は「私はこの地で住むから、お母さんは因幡に帰って」といわれました。その娘姫の住居が阿陀萱神社で、この阿陀萱姫はまことに安産で生まれられたので、それでこの石を産石というのだ。との説ですが、どうでしょうか。

似たような話が松江の矢田の児守神社にあります。この神社は、大国主命が野田之阿多比古命に、この地に住んで土地を開くよう命令されたので、祭神は野田之阿多比古命です。この神社の境内にある石の上で、祭神の奥さんが御子神を安産されたので、この石を「子守石」というようになり、安産祈願や小児の病気などの平癒を祈る人が参られるそうです。

ア、4月。なんぼ天からでも落ちた話はいけませんでしたなあ。


橋本(成実地区)の阿陀萱神社の境内にある大石

平成12年4月号掲載

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掲載日:2011年3月18日

【利用上の注意】

掲載している昔話・伝説・言い伝えなどの民話は、地元の古老から聞いた話や地元での伝承話、また、それらが掲載された書籍などからの情報を載せているものですので、活用する際は次の点にご注意ください。

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  • 「過去の経験を後世に伝えたい先人の強い思い」として読みとるなど、「地域で語り継がれている事実」に着目することが必要となります。

  • 民話は、すべてが史実ではありませんが、地域にとってたいせつなものが含まれていると考えられます。

  • 筆者は、執筆に関しては、市内各地域をまんべんなく入れること(ただし、合併前のものなので淀江町域の話はありません。)、あまり血なまぐさい話は避けること、故人で忘れられている偉人を発掘し民話に託して語ること、などを心掛けて編集されています。