平成25年成人式記念感想文入賞作品を発表します

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平成25年成人式記念感想文入賞作品を発表します

成人式の記念行事として募集した記念感想文には、学生や社会人など21人の方から応募がありました。
その中から、次の4作品を入賞作品に選び、成人式式典で表彰しました。

【最優秀賞】

「今思うこと」
岩木 奈穂(いわき なほ)さん

【優秀賞】

「二十歳を迎えて」
辻 貴一朗(つじ きいちろう)さん

【入選】

「感謝の気持ちと抱負」
岡村 勇太(おかむら ゆうた)さん

「成人になるにあたって」
大西 滉也(おおにし ひろや)さん

記念感想文 入賞者
最優秀賞 岩木奈穂 さん


 表彰作品

【最優秀賞】

「今思うこと」

岩木 奈穂

私が物心ついたときに見ていた二十歳の女性は、大人のお姉さん。何でも一人でできて、親からも怒られない。たくさんの自由を手にして、きちんと自分に責任を持っている。…気づいたら私も、年齢の上ではいわゆる「大人のお姉さん」になっていて、けれど実際はその内実も自覚もないままに、幼いころからの憧れだった振袖に腕を通す。

中学での不登校、高校中退、大検取得…これまで本当に色々なことがあって、この米子の地に生まれたことを最悪!と思ったこともあった私。特に思春期には学校、家、自分、もう何もかもがいやになって、ここに生まれたことを受け入れることができませんでした。けれど、私はいま、自分の生まれ育ったこの米子のまちが大好きです。なぜならこのまちには、どん底にいた私を勇気づけ、夢を見つけさせてくれた人たち、いつでも私をあたたかく迎えてくれる人たちがいるからです。

自暴自棄になっていたころに出会い、今でも大切にしている言葉があります。ひとつは「実り多き人生」。これは、私の名前にある穂の字を稲穂の意味につなげたもので、中学の卒業式に担任の先生が色紙に書いてプレゼントしてくれた言葉です。つらい最中には感じることができなかったけれど、乗り越えてから振り返ってみると、そこには必ず多くの人の支えがありました。この言葉を見ていると「どんな時も自分を見ていてくれる人はきっといる」と思えて、勇気がわいてきます。

もうひとつは、「道がなくなることはないから大丈夫」という母の言葉。道に迷いそうになったとき不思議といつも浮かんできて、良くも悪くも自分の決断に自信を持たせてくれました。その決断を周りに反対されて、たとえ結果が失敗に終わったとしても、その先には必ず何かしらの道がある。この言葉に背中を押してもらいながら、ここまでやってきた気がします。「失敗してもいいんだよ。またほかの道を探そう」と。

いま、私は大学で心理学を学んでいます。カウンセリングの知識を身につけ、将来、人の魅力を引き出し、多くの人を笑顔にできるような仕事をしたいと思っています。これから先、これまで以上に大きな壁がたちはだかることがあるかもしれません。しかし、夢に向かって挑戦し続けられる大人でいたいです。我武者羅に前に進み、「気付いたら夢が叶っていた」と言えたら最高です。思い描いていた二十歳と、今の自分とのギャップを楽しみながら、少しずつ私なりに「大人のお姉さん」になっていきたいと思います。そして、この二十歳という節目に改めて言いたいのは、自然に溢れた米子に産み育ててくれた両親と、大好きなこの地で出会った人たちへの「ありがとう」の言葉。


【優秀賞】

「二十歳を迎えて」

辻 貴一朗

私は、平成4年に米子で生まれ、以来20年間ずっとこの米子で育ってきました。物心つく前から、雪が降れば大山にソリすべりに行き、夏が来れば日本海で泳ぎ、皆生温泉につかり、境港に釣りに行き、鬼太郎ロードのブロンズ像をなでていました。小学校時代には日野川での水生生物採取、大山登山やカヌー漕ぎ、冬のスキー、水鳥公園での野鳥観察や島根県まで足を伸ばしての蛍観察など様々な体験をしました、このときの経験は、今思い出しても、非常にわくわくとスリルに満ち、心踊る時間であったと思います。この、すぐに手が届くところに豊かな自然環境が横たわっている米子という街に育ったことによって、自分という人間は多くの恵みを享受し、知らず知らずのうちに米子を好きになっていったのではないかと思います。

一昨年、私は鳥取大学医学部の医学科に入学しました。大学受験の際、地元の自然環境への愛着や街の住みやすさなど、米子のよさを十分認識していましたので、大学生になってもこの環境の中で過ごすのもいいな、という気持ちがありました。また、この米子に地域医療を支える先進的な病院があるということに大きな魅力を感じ、鳥大医学科を目指して勉強しました。幸い合格することができましたが、医師になるための勉強は、やればやるほど奥が深く、内容も膨大で、試験のたびごとに四苦八苦しているのが実情です。しかも、教科書を読んで問題を解くだけでは医師にふさわしい人間にはなれないということも痛感しています。

1年生のときから、高齢者介護施設や保育園での実習がありましたが、そのうち保育園ではパートナーとして特定の園児ときちんと関わるようなスタイルでした。私は3歳の女の子のパートナーとなったのですが、この女の子が私にまったくなついてくれず、泣かれっぱなしで、どうすればいいのか途方に暮れました。考えてみると、自分は一人っ子で、小さな子どもと接した経験がなく、子どもとコミュニケーションを取ったり、信頼してもらうことはまるでできなかったのです。ある日、保育園の先生は、その子を私に抱っこさせました。最初はむずがっていましたがそのうちに寝てしまい、そのまま抱いていたら、起きたときには少しなついてくれたような気がしました。その日を境に加速度的に仲良くなれましたが、これは、同年代の気の合う友人としか関わったことのない自分にとって非常にいい勉強になりました。

また、私は小学6年生から始めたバスケットを今も大学で続けていますが、チームプレーをする中で経験してきたことも、自分の中で、大きな糧となっていると思っています。

二十歳を迎えても自分はまだまだ未熟であることを実感する日々です。しかし、多くの方々に様々な形で生きる力を与えていただいていることに感謝し、またスポーツをしながら体と心を鍛え、勉強もがんばって、米子のみなさんに喜んでいただけるような医師を目指していきたいと思います。


【入選】

「感謝の気持ちと抱負」

岡村 勇太

私は今年ようやく二十歳となり、成人となった。今思うと長いようで短かった20年間だったように思う。私は、私が生きてきた20年間の中で、多くの方に感謝の念を抱いている。

始めに私の両親である。

私の両親は私が幼い頃から共働きで、私を含め、家族のために働いてきた。そのおかげで何不自由なく今まで生活してこられた。

私は、中学から剣道を始めたが、剣道は竹刀や防具等といった道具一つ一つの値段が高額で、金銭的に迷惑を掛けた。高校に進学し剣道を続けると、道具代に加え、遠征費等も加わりさらに金銭的に迷惑を掛けたと思う。

しかし、両親は何も言わずお金を出し、いつも応援してくれた。そのことが私にとって大きな支えとなり、辛い剣道の稽古等も頑張ることができた。今まで私が不自由なく生き、好きなことをしてこれたのも両親のおかげである。

そんな両親のために成人となった今、少しずつ恩返しをしていきたいと思っている。

次に中学、高校の部活動の恩師である。

前に書いたように、私は中学から剣道を始め、剣道から礼儀や言葉遣い等を学んできた。そして礼儀や言葉遣い等を厳しくも優しく指導してくださったのは、部活動の顧問の先生であった。剣道を始めるまでは敬語の使い方も知らない子供であったが、剣道を通じて礼儀を学んでいき、少しずつ大人に近づいていったように思う。今こうして私が今の就職先に就職して仕事ができているのは、中学、高校時代に厳しく礼儀や言葉遣い等を指導されたからだと感じている。

恩師に心身ともに大人になった姿を一日でも早く見せられるよう、仕事等を頑張っていきたいと思う。

最後に、私の友人達である。

私には多くの友人がおり、その友人達のおかげで辛いことや苦しいことも乗り越えることができてきた。私が悩んでいれば話をきいてくれるなどし、助けられることが多かった。私にとって友人とは本当にかけがえのない存在である。

友人には助けられることが多かったため、今度は私が友人の助けになれるよう努力していきたい。

これまで書いてきた方のほかにも多くの方に感謝をしている。その方達に少しでも恩返しとして、心身ともに成人になったところを見せられるよう努めていかなくてはならない。そのために今は、しっかりと仕事に取り組んでいきたいと考えている。

私の仕事は警察官という他の市民の模範となるべき存在である。そのプレッシャーは大きく、ときに逃げ出したくなることもあるが、悪を懲らしめるという警察官の職務にやりがいを感じ、日々勉強し、仕事をこなしている。成人になったことから、よりいっそう仕事に励み、一日でも早く一人前の警察官になれるよう様々なことを学習、経験し、日進月歩で成長していかなくてはならない。そのために、自分には何が足りないのかということを常に考え、自分にできること、やるべきことは全力で取り組んでいきたいと考えている。

成人となった今、改めて感謝の気持ちを忘れることなく生活し、微力ではあるが、社会に貢献していきたいと思う。

「成人になるにあたって」

大西 滉也

時が経つのは早いものでもう成人です。正直言ってまだまだ実感がわきません。

私は、高校を卒業してすぐに自衛隊に入隊しました。今年で2年目になるのですが、当然のことながらまだまだ未熟で上官の方々には迷惑をかける事が多々あります。ですが、何も成長していないわけではありません。自衛隊に入隊してとても多くのことを学んだり経験してきました。私が自衛隊に入隊して一番良かったと思えたことは、大切な同期達と出会えたことです。「同じ釜の飯を食った仲間」と昔からよく言われてきていますが、飯だけでなく生活全てを共にした同期との絆はそれよりもずっと深いと思いました。教育を修了し離れ離れになった今でも、よく連絡を取り合っています。

また、尊敬できる上司に出会えたことも入隊して良かったことの一つです。仕事のことはもちろんプライベートの事など仕事とは関係のない事も親身になってくださいました。時には厳しく、時には優しくそんなけじめのある上司がいたからこそ今の自分があると思います。これからも、そんな上司の下で沢山のことを吸収して少しでも手助けになれるように頑張りたいと思います。

そして、入隊して一番衝撃を受けた経験は、入隊して1年目に出動した大山における行方不明者捜索の災害派遣でした。残念ながら無事に救助することはできませんでした。私は第2発見者だったのですが、もっと早く見つけていればとやるせない気持ちでいっぱいでした。また、親族の方の「遺体を見つけていただきありがとうございました。」と言う言葉を聴いて更に胸が痛みました。これからも、こういった機会があると思いますが、自衛隊に入ったからには一人でも多くの命を救いたいと思った、そんな経験でした。

これまで、自衛隊で培ってきた事、学んできた事、経験してきた事を活かしてこれからも精進していきたいと思います。最後になりましたが、成人となり今までには無い、様々な責任が生じてきます。何か問題を起こしても全て自己責任です。飲酒も可能となりトラブルにつながることもあると思います。トラブルを起こしたり巻き込まれないように自己管理をしっかりして、仕事に支障が生じないよう気をつけていきたいと思います。

掲載日:2013年1月8日