市長定例会見(平成20年5月7日)

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市長定例会見(平成20年5月7日)

 平成20年5月7日(水曜日)

 市長から

 質疑

 市長:

それでは、よろしくお願いします。きょうは3点お願いします。

まずひとつは、拡大読書器及びテレビ電話の設置についてでございます。
視覚ないしは聴覚に障がいをお持ちのかたのコミュニケーション支援、また情報提供の支援のために、視覚障がい者用の拡大読書器とテレビ電話を設置することとし、テレビ電話の場合は障がい者支援課と、特定非営利活動法人「コミュニケーション支援センターふくろう」に設置することにしました。

【資料】
新しいウィンドウ・タブが開きます 拡大読書器及びテレビ電話の設置について
 PDF 29キロバイト)

お手元の資料にありますように、視覚障がい者用拡大読書器を、障がい者支援課に設置します。
これは、本とかそういうものを大きく拡大して、視力の弱いかたに見ていただくための、読み書きができるものでございます。
テレビ電話のほうですけれども、NTTのフレッツフォンVP1000という機器、システムですね、これを使うことにしております。
設置場所は、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、障がい者支援課と「ふくろう」でございます。
このNTTフレッツフォン同士でコミュニケーションするときには、ここに書いてありますような9けたの番号をそのまま入れてもらえばいいんですけれども、いわゆるテレビ電話機能を持っているFOMAからの連絡ですと通常の電話番号に、ここに書いておりますような(0859)36-9348に入れてもらうということでございます。
想定される利用方法ですけれども、聴覚に障がいのあるかたから、障がい者支援課ないしは、「ふくろう」のほうに手話によるテレビ電話がかけられるということでございます。
それからまた、手話通訳が必要なかたが来庁された際には、市の手話通訳者が不在であっても、「ふくろう」のほうに連絡していただければ、手話でお話しもしていただけるということでございます。
この視覚障がい者用拡大読書器につきましては、ほかにも例があるかもしれませんけれども、テレビ電話については山陰では初めてじゃないかという、近隣では例がないものだというふうに思っております。

次に、「米子市水道ビジョン」ですけれども、これは、平成19年度に水道事業基本計画を策定して、それをもとに平成20年度から向こう10年間の米子市水道事業が進むべき方針をまとめた「米子市水道ビジョン」でございます。

【資料】
新しいウィンドウ・タブが開きます 米子市水道ビジョン作成について
 PDF 11.6キロバイト)

ここに書いておりますように、平成19年度に水道事業基本計画を策定いたしましたので、これをもとに、よりわかりやすくしたかたちで「米子市水道ビジョン」というものを掲げたものでございます。
この特徴としては、ここに上げておりますように、1、2、3、4、5、ありますけれども、このような内容を主にいたしまして、今後10年間、水道料金を値上げしない方向で水道事業を推進していくということでございます。
米子市の水道事業の経営戦略を明らかにして、計画的に施策を実施していくということにしておりまして、市民の皆さんにも事業の透明性を高めながら幅広く理解をしていただくためにということで、この「米子市水道ビジョン」を作成したものでございます。
現在、全国の水道事業体1,674のうち、136事業体が水道ビジョンを作成しているというふうに理解しております。

それから、3番目ですけれども、史跡上淀廃寺跡環境整備事業についてでございます。

【資料】
新しいウィンドウ・タブが開きます 史跡上淀廃寺跡整備状況現地説明会の開催について
 PDF 11.8キロバイト)

お手元に「史跡上淀廃寺跡整備状況現地説明会の開催について」という資料をつけさせていただいておりますけれども、上淀廃寺跡環境整備事業というのは、伯耆古代の丘整備基本計画の中のひとつの事業でございまして、平成16年度から23年度までの予定で、史跡上淀廃寺跡の公園整備を行なってきたところでございます。
この整備の特徴のひとつでございます、金堂と塔の整備が終了したところでございます。
金堂につきましては、創建時の基壇、塔は、出土状況を復元したものでございます。
ここに書いておりますように、特に出土状況の復元は型取りにより忠実に再現したもので、かわらや石の質感を出すのに適した強化セメントを広範囲に用いた整備としては、国内でも初めての整備であるというふうに理解しております。
今週の日曜日に1時半から現地で発掘調査成果の概要と、それから史跡整備事業の概要をご説明させていただくことになっておりますので、お時間があれば来ていただければと思っております。
ちなみに、伯耆古代の丘の整備基本計画というのも、「伯耆の国よなご文化創造計画」のうちの一環として位置づけているものでございます。

とりあえず以上ですけれども、ご質問等ございましたらお願いいたします。

史跡 上淀廃寺跡の整備

幹事記者:
じゃあ、ご質問ありましたらお願いします。

記者:
もしよかったら、ちょっと上淀廃寺の分で、担当のかたからもう一度くわしくお話聞いてもええもんですか?

文化課長:
今回、現地説明する内容ですけど、先ほど市長が申し上げましたとおり、上淀廃寺整備計画8年間事業の中の一番中心になります、いわゆる中心伽藍というお寺の跡の整備が19年度事業で終わったということで、ひとつの区切りとして現地でその内容を説明するものでございます。
中心伽藍の復元整備というのをもう少し内容的に説明しますと、いわゆる金堂、そこの部分の基壇といいますが、基礎部分がこういう状況だっただろうというものの復元です。
それからもうひとつ、金堂とあわせて中塔と南塔という発掘した当時の状況をそのまま再現したというのが、この中心伽藍復元の内容です。
今後の事業の中では、これらの施設に対するいわゆるサイン、説明案内板というものを引き続き20年度以降整備し、最終23年度までにこの上淀廃寺の整備事業をハード面で終わる予定を想定しています。

記者:
金堂の基壇というのは、大きさはどれぐらいになりますか?

文化課主任:
すみません、ちょっと細かい数字はあれなんですが、おおよそで12メートルかける14メートルということでございます。

記者:
高さはあるんですかね、高さは?

文化課長:
資料の1ページをご覧ください。

【資料】
新しいウィンドウ・タブが開きます 史跡上淀廃寺跡環境整備状況について
 PDF 427キロバイト)

いわゆる金堂の基壇という基礎の部分ですので、高いところと低いところ、若干これ見ても勾配がありますのでわかりますけど、だいたい平均で1メートルですね。

記者:
これは何か石を積むとかして、つくってあるものでしょうか?

文化課主任:
実際にかわらを焼いて、当時と同じようにかわらを積み上げて基壇を復元しております。

記者:
その施工概要というのはないんですかね?どういう材質のものを何トンぐらい使ってとかいう…

文化課主任:
そうですね、調べましたらあれですが、ちょっと用意はしてきておりません。

文化課長:
後ほど情報としては提供します。

記者:
かわらを積み上げて側をつくって、中に土か何かが入れてあって、この何か丸い点々と見えるのは、これ石か何かが埋めてあるんでしょうか?

文化課主任:
そうですね、礎石といいまして、実際の石で、柱を安定させるために下に設置しました石を復元しております。

記者:
かわらというのは、この周囲ですよね?

文化課主任:
ええ、そうですね、周囲がかわらになります。

記者:
何かそれの資料が欲しいなあ。
材質をどうしただとか、量を何トン使ったとか、どこでだれが、焼く技法も奈良時代に合わせてかわらを焼いたとか、何かそういうディテールが。

文化課主任:
はい、わかりました。

文化課長:
資料の2ページに基壇の壁の面が見えてますけど、ここをずっと、枠全体をこのかわらで積み上げて基礎をつくって、そこの中に1ページに点々とありますのが礎石といいますが、そういうかたちでの復元になります。

記者:
上淀廃寺ではっきりとした形ができ上がってきたのは、基壇が初めてですか?
ほか何か形になって復元できたものは、今までありましたっけ?

文化課主任:
ことしになってから復元したものとしては、今回初めてですね。

記者:
かわら何枚ぐらいも、わからんですかね?

文化課主任:
枚数、確認しまして、またご連絡をさせていただきます。

記者:
かわらも昔風に焼いたということですか?

文化課主任:
いえ、工法としては、実際にはガスで焼いております。

記者:
野焼きじゃないんだな?

文化課主任:
ええ、野焼きではないです。
ただ、質感といいますか、色合いが昔のかわらですと、温度によってグレーであったり、青であったり、赤であったりしますので。

記者:
むらができるんだね?

文化課主任:
ええ、いろいろな色が出るように焼き上げて。

記者:
わざと下手っぴそうに焼いているんですね?

文化課主任:
ええ、そのように焼き上げております。

文化課主査:
モデルは、かわらをモデルにして焼いております。

記者:
この型取りっていうのは、何のことですか?

文化課主任:
型取りは、資料の1ページの写真の塔の部分、向かって左側の部分になりまして、拡大したものが2ページの一番下の段の写真になりますけれども、左側が発掘調査で出土しました状況になります。
それから右側のほうが今回、復元をしたものになりますが、このかわら積みの基礎の部分をごらんいただきますと、かなり質感といいますか、全く同じような状況で復元ができているかと思います。
こちらの部分ですが、発掘調査で見たものを再発掘いたしまして、ここを型取りしまして、実際のものは遺跡の保存のために埋め戻しをするわけですけれども、埋め戻した上に、全く同じものを、型をもとに右側の写真のように復元をしたということでございます。

記者:
この塔の心礎は、復元したやつですか?

文化課主任:
そうですね。

記者:
本物じゃない?

文化課主任:
はい。

記者:
本物は、この下の地面の中に?

文化課主任:
ええ、地面の中に埋まっております。

記者:
その意味ですか、型取りというのは?

文化課主任:
そうですね。

記者:
心礎って、この大きな岩のこと?

文化課主任:
ええ、大きな塔の心柱の。

記者:
これですか?

文化課主任:
ええ、そうです。真ん中の石ですね。

記者:
ここを復元というのは、石で復元したの?

文化課主任:
GRCという強化セメントなんですけれども、これも最近の工法です。
現地に皆さん行ってみられたら、本当にかわらや石と、発掘した我々も見まがうぐらいの質感も含めて、精巧なつくりで復元しておりますので、来られたかたにも非常に、遺跡の臨場感というのを感じていただけると思います。

記者:
この発掘状況で、今、写真に見えているものを全部埋めてるわけですね?

文化課主任:
ええ、そうです。

記者:
その上に、この発掘状況に合わせてつくったということ?

文化課主任:
そうです。

記者:
強化セメントで?

文化課主任:
はい。

記者:
GRCは、かわらにも使っとるわけ?

文化課主任:
金堂のかわらは、焼き上げたものなんですけれども、出土状況を復元した部分につきましては、かわらについても使っております。

記者:
さっき、市長が国内で初とおっしゃったのは、何が初なんですか?

文化課主任:
このGRCという強化セメントを用いて、広範囲で復元をするという例は今回初めてです。
結局、点的にはいくつか例があるんですけれども、こういう面で整備に用いた例としては今回初めてです。

記者:
それは各年代にわたって?奈良とか鎌倉とか…

文化課主任:
そうです。
ほかの遺跡の整備でも、これほど広範囲で用いた例はないということを聞いています。

記者:
日本初だって書いて、間違いないの?うちもありますよなんて…

文化課主任:
文化庁に確認していますので大丈夫です。

記者:
これ中塔、南塔、どっちが中塔でどっちが南塔でしたかね?

文化課主任:
この1ページの写真でいきますと、手前側が中塔ですね。
手前側といいますか、一番高く、真ん中で礎石が高い位置にありますのが中塔で、奥のほうにありますのが南塔になります。

記者:
この出てない部分?

文化課主任:
はい、こちらが南塔ですね。

記者:
南塔、これは…

文化課主任:
右下といいますか、右側の手前のほうにあります四角い囲いだけを表示しておりますのが北塔になりまして、実際に建てられたかどうかはわかりませんけども、心柱だけは、心礎の石だけは設置をしています。

記者:
北塔は、ですか?

文化課主任:
ええ。

記者:
南塔の心礎は見えないんだけど?

文化課主任:
南塔の心礎は、復元した土の陰になっておりますので。

記者:
実際には?

文化課主任:
実際には復元しております。

記者:
金堂の基壇は正方形で非常にきれいで、すぐ家が建ちそうなところまで復元してあるんですが、そのほかの中塔、南塔は出土状況の復元ですよね?

文化課主任:
そうです。

記者:
レベルが違いますよね?

文化課主任:
はい。

記者:
これは、整備方針でそうなっとるんですか?

文化課主任:
そうですね。基本的には、よその遺跡ですと、こういった古代寺院の場合は、基壇をきれいに復元してしまうという整備が多いんですけれども、なかなかそれでは遺跡の迫力といいますか、臨場感というのが伝わりにくいということで、何とかこちらの遺跡の特徴を出したいということで、ここの場合は出土状況をそのまま復元したということです。

記者:
この後、さらにその上に復元ということはないわけですか?中塔、南塔…

文化課主任:
塔のほうは、出土状況の復元というコンセプトで。

記者:
中塔、南塔はこれで終わり?

文化課主任:
そうです。

記者:
金堂は、発掘したときには、これは何もなかったのを想像でつくったということでしょうか?

文化課主任:
いえ、金堂も基壇の一番低い部分、かわら1段、2段部分ぐらいまでは残ってはいたんですが、残りが非常に悪かったために、金堂については、そのまま復元したのでは、ちょっと来られたかたに理解していただくのに具合が悪いということで、金堂については建った当時の様子を復元したということになります。

記者:
立体感が出ていると?

文化課主任:
そうですね。

記者:
ちょっと同じことをまた聞くような格好かもしれんですけど、塔のほうは、このかわらの部分はやっぱり金堂と同じように焼いたもんを積んであって、ほかのこの石積みみたいな部分を強化セメントというものでつくったと考えたらよろしいでしょうか?

文化課主任:
塔の部分につきましては、かわらの部分も石の部分も同じGRCという強化セメントで復元しています。

記者:
すべてGRCというものでいいんだね?

文化課主任:
はい。

記者:
それと、この心礎というのは、これは、何をするものといったらいいでしょうか?

文化課主任:
心礎は、塔の心柱を支える石になります。

記者:
心柱を支える台、土台、載せるところですか?

文化課主任:
ええ、基礎石ですね。

記者:
心柱、それ、真ん中にある一番でかい柱みたいな?

文化課主任:
そうですね。塔は1本の柱で上までいきますので、その大きな心柱を支える台石ということになります。

記者:
塔3つは、大きさはだいたい体一緒になるんですか?

文化課主任:
そうですね。真ん中にほぞ穴といいまして、柱の径をあらわした、くり込みがあるんですけども、その直径を比較しますと、ほぼ3塔同じ大きさです。

記者:
それぞれ心礎の直径というと、どれぐらいになるんですか?

文化課主任:
ちょっと若干数字、これもまた持ってきておりませんが…

記者:
例えばその寸法は、それもすぐには出ませんか?

文化課主任:
おおよそ直径で70センチぐらいになるんですが、ちょっと具体的な数字は、調べて。

記者:
それの方形になっているのは、何メートルと何メートル?

文化課主任:
塔は、約10メートルかける10メートルですね。

記者:
中塔、南塔ともですね?

文化課主任:
はい、そうです。

記者:
一応、北塔もあったということでよろしいんですね?
再現図は、2塔になっているんですが。

文化課主任:
北塔は、発掘調査で基壇という基礎の部分が確認できておりません。心礎だけは正確な位置に立っているということで、建った可能性があるということしか言いようがないと。

記者:
心礎だけがあったということですね?

文化課主任:
ええ、建っていないこともあり得るということです。

記者:
中塔、南塔と比べて、北塔も心礎が上に出てるんですけど、どういう違いがあるんですか?
復元状況が、北塔は何もかまってないんですか?

文化課主任:
北塔は、実は遺跡の面に礎石だけがどんと置かれた状態で、設置された状態で出土しています。ただし、周りの建物の基礎部分というのはつくらずに、心礎だけが置かれた状況で出ているということになります。

記者:
その心礎を型取りしてつくったものが、ここに置いてあると考えたらよろしいですか?

文化課主任:
そうです。

記者:
北塔もつくったもんですか?

文化課主任:
北塔もそうです。型取りして。

記者:
GRCですか?

文化課主任:
GRCで作製しています。

記者:
それはどういう違いがあるわけですか?
この南塔と中塔と北塔と、いずれも礎石が、心礎はつくってるんでしょ?

文化課長:
今、担当が説明していますのは、要は北塔の場合は心礎はあったと。
ところが、周りをきちんと基礎部分である基壇部分が確認できないということは、建ってたものが流されてしまった可能性もありますし、逆に建てる途中で建てられなかったという可能性もあるので、ちょっといずれとも断定しがたい。
ただし、中塔、南塔のような同様の心礎だけがあるというのが今の発掘調査の現状です。

記者:
北塔は、この四角くなってるこの寸法は、中塔、南塔と同じような10メートルかける10メートルにしてあるんですか?

文化課主任:
そうです。

記者:
想像で?

文化課主任:
そうです。

文化課長:
そういうことになります。

記者:
だから、何ていうか、そういったGRCを使ったものは心礎しかないんだけども、これでもう北塔も終わりなんですね?

文化課主任:
そうです。

記者:
完成したんだということ?

文化課主任:
はい、そうです。

記者:
ちなみに、想像では、この塔とか金堂は、どれくらいの高さのものが建っておったと考えておられるんでしょうか?

文化課主任:
塔でいきますと、約ですけれども、25メートル前後になります。

記者:
三重の塔でよろしいですか?

文化課主任:
規模から見て三重の塔というふうに考えています。

記者:
もし北塔があったとしたら、北塔もそうであろうということですね?

文化課主任:
ええ、そうです。

記者:
それから、何か以前聞いて知識があやふやなんだけど、この伽藍配置が珍しいんでしょ?

文化課主任:
そうですね。

記者:
ちょっと言ってください、どういう型なのか?

文化課主任:
まず、北塔が、心礎があった可能性があるというふうに考えます根拠なんですけれども、この心礎、中塔だけ心礎の石が後世に動かされた状況であったんですけれども、この塔の基礎の部分が残っておりますので、これを、この中央に復元、戻してみますと、塔の心柱というのが全く一直線で、等間隔で並ぶということになります。ですから、北塔と中塔と南塔の塔心礎というのが一直線で、等間隔に並ぶということでございます。
そういったところから、少なくともこの北塔の心礎も、偶然この位置に工事途中で置かれたということではなくて、おそらく位置というのはほぼ確定している。塔を南北に並べるということで、計画性を持って置かれたものだろうというふうに判断をしているところです。
それから、その手前側、北側になりますけども、北側ががけになっておりまして、がけの部分の造成も、この北塔がきれいにおさまるぐらいの範囲の部分を、がけの部分を造成して1つの塔がおさまるようにしておりますので、恐らく北塔の建てる計画は少なくともあっただろうというふうに考えております。そういったことで、北塔については、そういう理解をしているということでございます。
それから、今ご質問のありました上淀廃寺の建物の配置の特徴でございますけれども、この資料の2ページをごらんいただければと思います。
この上のほうに平面図をつけさせていただいておりますけれども、この赤で囲いました範囲というのが、先ほど課長のほうからご説明させていただきました中心伽藍、お寺の中心部分になってまいります。
こちらの中に金堂という、お寺の本尊を安置する建物が左側ですね、西側にございまして、その金堂の東側に基本的には塔を配置するという配置になります。
古代のお寺といいますのは、だいたい建物の配置という、お堂と塔の配置というのは規格がございまして、この金堂と中塔だけでいきますと、法起寺式、奈良県の法隆寺の近くにあります法起寺というお寺があるんですが、法起寺式の配置ということになります。
法隆寺と左右が逆になるんですが、それを基本としまして、その後の調査で北側にもう1つ塔の跡、それから南側に塔の跡というのが出てまいったわけです。
古代のお寺の中で塔が3つある、3塔建てるというお寺というのは、上淀廃寺だけということになりますし、さらに、実際に建てられた、建ったことがわかります中塔、南塔になりますけども、2塔であるとしましても、複数塔がある場合は、東西に必ず配置するのが古代のお寺の配置の規格ということになります。
しかし、上淀廃寺につきましては、どういったわけかわかりませんけれども、南北にこちらの塔を配置しているということで、これが塔の配置の特徴になっております。

記者:
南北の配置は、その法起寺にもあるんですか?

文化課主任:
いえ、法起寺は1塔ですね。本堂の東側に1つの塔だけがあるということですね。

記者:
3塔というのは、上淀廃寺のみですか?

文化課主任:
はい。

記者:
それと、南北に並んでいるのが珍しいと?

文化課主任:
南北に並んでいるのが、ほかに例がないということです。

記者:
南北も例がないと?

記者:
これもここだけですか?

文化課主任:
ええ、ここだけですね。

記者:
塔と塔の基壇の間って何メートルぐらいの間隔ですか?

文化課主任:
2.3メートルでございます。

記者:
だから、上淀廃寺というのは、そういう例がないから上淀廃寺式ってなっとるんですか?そうは、なってないんですか?

文化課主任:
伽藍配置も、学問的に形の名前のつけかたが、いくつか例が出てくる場合は、何々式というふうにずっとつけていくんですが、実は上淀廃寺のような並びというのは、もうここしかありませんので、独特の伽藍配置というような言いかたをしまして、上淀廃寺式というような呼びかたは、まだされておりません。

記者:
参考にですが、赤線の中心伽藍は、ざっと面積どれぐらいですか?

文化課主任:
おおよそ50メートル四方になります。

記者:
ブルーの境内、寺域と思われるのはどれくらいですか?

文化課主任:
南北が昔の1町という単位で106メートル、東西が2町になりまして212メートルです。

記者:
これは、この数字はほぼそうであろうという根拠はあるんですね?

文化課主任:
ええ、想定しております。

記者:
だいたいこの時代そうだということ?

文化課主任:
そうです。

記者:
この赤線、青線のところに何か遺構があるんですか?
赤線は中門があるんですけども、遺構があるから?

文化課主任:
そうですね、すべて発掘調査で出た根拠に基づいて調査をしたところです。

記者:
築地塀はどうも同じような?

文化課主任:
築地塀、そうですね、中心伽藍のこの赤のラインを引いた東西が築地塀であっただろうというふうな痕跡が出ておりまして、赤の線の南側につきましては、回廊という、建物の構造的には今の学校にあります渡り廊下のような構造のようなもの、それからお寺の周りは上げ土塀といいまして、土を上げて土塁をつくったような塀であっただろうというふうに考えております。

記者:
石組みではなしに?

文化課主任:
そうですね。石組みではなくて、土塁のような、土の堤防のようなものでお寺の境内は区画をしていただろうという感じですね。

記者:
塀は、特に再現とか復元とかはしないんですね?

文化課主任:
そうですね。築地塀の跡については、土舗装というんですけども、土を固めた、少し高目に盛った舗装で表示をしていこうというふうな考えかたです。

記者:
塔の基壇、これ何か見ると、かわら積みみたいに見えるんですけども、これは復元しないんですか?

文化課主任:
いえ、復元したものです。

記者:
これは、周囲にこう、きちんとつくられて?

文化課主任:
周囲にもつくっている…

記者:
だけど、このへんはないでしょ?

文化課主任:
そうですね。手前側は、実はもう発掘した状況で崩れて、この時点で崩れてしまっているもので、発掘状況を復元してますので、復元はしません。

記者:
かわらの手前にある石は何になるんですか?

文化課主任:
当時の朝鮮半島の百済という国の建築の技法なんですけれども、朝鮮半島の南西部になるわけですけれども、かわら積み基壇のさらに外側に、こういった石列で囲いをするような基壇の方法もとっている地域がありまして、そちらの技法を用いています。

記者:
ふき石みたいなもんですか?そうでもないですか?
違うんですか?

文化課主任:
ええ、ふき石とはちょっと違うんですけども、基壇の化粧ですね。
基本的には、化粧でかわら積みの外側に石列でまた化粧をしているという感じです。

記者:
くっついているわけではないんですね?離れている?

文化課主任:
およそ30センチぐらい手前に離れております。

記者:
別の資料を見させてもらうと、この塔のところで覆屋施設をかけて云々とあるんですが、この後、何か屋根がつくんですか?

文化課主任:
すみません、それは整備の基本計画ということで、当初はこういったかたちでスタートはしたんですけれども、その後、もろもろ国のほう、文化庁とも検討しまして、当初は実物を出す計画だったんですけども、塔のほうも覆屋はかけずに、実物を出さずにレプリカでいきましょうということになりました。

記者:
ちなみに、その下どれぐらいのところに埋まっているんですか?

文化課主任:
全体的に1メートル50センチ下に実物が埋まっています。

記者:
1回発掘したものを埋め戻して、その上にレプリカを今設置しているということですね?

文化課主任:
はい、そうです。

記者:
この金堂のほうもそうなんですか?下にあるわけですか?

文化課主任:
金堂のほうも真下にあります。

記者:
下に、その上に土を盛って、また新しいのをつくられたんですね?

文化課主任:
そうです。

記者:
金堂も全部埋め戻して?

文化課主任:
ええ、そうです。

記者:
全部レプリカ?

文化課主査:
基本的に史跡の整備の場合には、もとの遺跡は埋め戻して保存をすると。
あと、史跡の理解のためにいろいろな展示施設といいますか、理解施設としてこういった復元のものとか、あるいはレプリカを置くという。

記者:
これにある古墳なんか、模型というのはこの後つくりますか?もうやめますか?

文化課主任:
いえ、一応、この周辺に計画しています。

記者:
これ、23年度までに?

文化課主任:
つくる予定にしております。

記者:
この中にあるもので、できたのがこの中心伽藍という部分で、その他の休憩施設だ、便益施設だ、この解説広場だというのは、今後つくるものということでしょうか?

文化課長:
既にできているものもあります。

記者:
ありますか?

文化課主任:
休憩施設につきましては、右上のものと左上のものと既に完成をしております。
今後の予定になっておりますのは、解説広場、入り口になりますけれども、こちらにお堂の10分の1模型ですね、こちらを整備していくことと、400メートルほど下のほうになりますが、淀江の歴史民俗資料館にガイダンス施設ということで、上淀廃寺の金堂の中の復元を主に予定しております。

記者:
模型は3塔になるんですか?2塔?

文化課主任:
そうですね、これもまだ検討委員会でさらに練っていくことになりますが、おそらく今としては確実に建った2塔ということになろうかと思います。

記者:
中途半端じゃないですか?

記者:
基壇ぐらいつくっとかんといけんでしょう。

記者:
南北に3つ並べるから価値があるんで。

文化課主任:
南北に並んでいるだけでも、もうよそと違うのですが。

記者:
でも、礎石が北にあるんだから、ちょっと色を変えて、これはやや不確かだけど3つでしょうということで、その3つの姿が見えんとおもしろくないんじゃないの?

文化課主査:
基本的に整備につきましては、古代の丘整備検討委員会、水野正好委員長をはじめ、専門家で検討していただいたものを米子市のほうで、さらにたたいていくということになるとは思いますが、ある程度学術的な裏づけを持たないと、なかなか文化庁のほうの許可もとれないということでございます。

記者:
あとひとつ、11日のことでちょっと確認させていただこうと思うんですが、これはいわゆる市民向けの説明会で、参加は自由で、見たい人はこの時間に、ここに来ればいいと考えたらよろしいですか?

文化課主任:
そうです。

記者:
これは、あなたが説明するの?

文化課主任:
はい。

記者:
すみません、この特別な伽藍配置というのは、特に意味合い的なものでわかっている部分はあるんですか?

文化課主任:
実はこれも諸説あるんですけれども、帝塚山大学におられた森郁夫先生という先生の説でいきますと、ちょっとお経の名前は忘れましたが、古いお経の中に、北に普賢菩薩、南に文殊菩薩を祀るというようなことが書いてありまして、真ん中の塔だけ釈迦の舎利ですね。
塔というのは、もともと釈迦の墓をあらわしたものですので、だいたい、舎利孔といいまして、釈迦の骨を入れる、くり込みがあるんですけれども、そのくり込みがあるのは真ん中の塔だけでして、真ん中の塔がどうも釈迦を供養すると。
それから、北に普賢菩薩、南に文殊菩薩を祀るということで、この寺の配置が成立したんではないかというふうに考えられております。
これもひとつの説ですので、明確な答えというのは出ておりませんが。

記者:
すみません、ちなみに、きょうこの現地はだれもおられなくて、何も作業とかはしてない状態ですかね?

記者:
ちょっと写真撮るのにね、そこにだれかいる?だれもいない?

文化課主任:
もしあれでしたら、こちらから私のほうでも向かいますが。

記者:
これは、長さとかいろいろあるけど、これまで発表したのでひとつにまとまったようなものはない?
わかりやすく、今の高さとか長さとか幅とか、どこかにある?

文化課主任:
そうですね。一応遺跡の概要、特徴等は、資料の3ページにつけさせていただいていますが、さらにくわしいものということになりますと、調査報告書とか、ちょっと厚いものになったりしますので、もし何かご質問等ありましたら、お問い合わせいただきましたら、対応させていただきます。

記者:
参考までですが、この上淀廃寺は、まくら言葉的に言うと、古代の独特の伽藍配置が有名?

文化課主査:
仏教壁画が出ております。

記者:
何か壁画が出たんかな?

文化課主任:
資料3ページの「意義」に、箇条書きにしております。

記者:
国内初の仏教壁画?

文化課主任:
はい。

記者:
これ、現地説明会の後に何か出土品見たいとかいう場合は、どっかで見れるんですか?

文化課主任:
この近郊にございます淀江歴史民俗資料館のほうで展示をしております。

記者:
これ、飛鳥から平安だから、寺として稼働してたんですよね、この何世紀かにわたって?

文化課主任:
そうですね。

記者:
もうちょっと何か出てこない?この上淀廃寺にまつわる文献的なものは。
例えば京都、奈良あたりに関連する、何かの書物に登場してきますか?

文化課主任:
記録は全く残っておりません。

記者:
文献では登場してない?

文化課主任:
ええ、残っておりませんですね。

記者:
4世紀ぐらいにわたって、三百数十年あったんでしょう?

文化課主任:
ええ。

記者:
全く登場しない?

文化課主任:
ええ、記録には全く残っておりません。

記者:
でも、言ってみれば、日本の古代寺院の中では草分けでしょう、草分けのうちのひとつでしょう?

文化課主任:
草分けといいますか、そうですね。
当時の朝廷のほうから日本全国にお寺を普請といいますか、建てるように、今でいうと補助事業、補助金を出していって、全国でお寺が建てられるような状況になっていくんですが、それとしては一番早い段階に建てられたものになります。
そのときに全国500か寺ぐらい。

文化課主査:
お寺は、一番古いのは奈良にあります飛鳥寺と言われて、これが明日香に建っているんですが、その次の段階、白鳳期に建てられたのがこの上淀で、地方にぽつぽつとお寺が出てくる時期、だったころということになります。
その段階ですと、こういった地方独特のといいますか、特色のあるのが建っていって、次の、飛鳥、白鳳、その次になりますと、ある程度国分寺的な感じで、全国統一的なお寺になります。

記者:
国分寺とか国分尼寺が全国にできた時代に入るわけですね?

文化課主任:
はい。

文化課長:
あと現地のほうで説明したほうが、何となく臨場感があっていいのかな。

幹事記者:
じゃ、時間もありますので、この上淀廃寺以外で皆さん、何かご質問がありますか?

記者:
模型は上淀廃寺つくるんですけど、何かこう、立ち上がるもの何かないですかね?

文化課主任:
結局、10分の1といいましても、模型というとすごくちゃちなもののイメージが出てしまうんですが、10分の1ですと、先ほどもありましたが、塔の高さでも2.5メートルぐらいにもなりますし、よその遺跡でもいくつかは例があるんですが、10分の1模型というと物すごい迫力です。

記者:
そうですか。

文化課主査:
基本的に遺跡自体にお寺を復元するということになりますと何十億の世界になってまいりますので、先ほど主任が言いましたように、ガイダンス施設として歴史民俗資料館のほうに付設をする予定にしておりますところに、その金堂の内部のイメージ、壁画があったり、仏像があったりする、そういう理解をしてもらう施設をつくるということです。

記者:
10分の1の模型自体は、この図面でどのへんに置くことになるの?

文化課主任:
そうですね、入り口の部分ですね。

記者:
ああ、ここへ。

幹事記者:
皆さん、じゃ、とりあえずこれでいったん打ち切りということでいいですか?
すみませんでした、忙しいところ。

市長:
どうもありがとうございます。
よろしくお願いします。

(かっこ内) は、秘書広報課で補足しています。

掲載日:2008年5月7日