新 漫歩米子 第3回

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新 漫歩米子 第3回

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※平成26年度に「漫歩米子」を担当されていたレンさんは1年の任期を満了しました。平成26年度版「漫歩米子」は、次のリンク先からご確認ください。

リンク 旧 漫歩米子(平成26年度版)

これまでの「新 漫歩米子」

リンク 新 漫歩米子 第1回
リンク 新 漫歩米子 第2回

友好都市締結25周年記念訪中・交流員手記

みなさん、明けましておめでとうございます(新年好(シンネァンハオ)!)

昨年、2016年11月3日から6日まで、米子市・保定市友好都市締結25周年記念事業として米子市訪中団9人が中国の保定市を訪問しました。私は国際交流員として訪中団に加わり米子市の友好都市・保定市を訪問しました。

私は中国の南部の湖南省の出身で、保定市に近い天津市の大学に通っていましたが、保定市は実は初めての訪問でした。大学時代からの親友は保定市出身なので、保定市にはとても親しみを感じております。
保定市は河北省の中部にあり、西は太行(たいこう)山脈に接し、北京・天津・石家荘(せっかそう)という三角形の後背地に位置し、首都経済圏の南にある重要な都市です。現在、中国政府は京津冀(けいしんき)協同発展(北京・天津・河北省を一体的に発展させようという国家戦略、京、津、冀はそれぞれ北京、天津、河北省の略称)という戦略を強力に推進しており、保定市にとってはこの戦略の中で中枢的な都市として発展するチャンスでもあります。

今回の訪問で、保定市側は記念式典のほかに、市内企業の訪問、合同写真展や交流展示室のリニューアルなど、豊富な内容をアテンドしてくださいました。では、それぞれの内容について、紹介したいと思います。

保定市企業・長城(ちょうじょう)自動車株式会社、中関村(ちゅうかんそん)イノベーションセンターを視察

保定市に着いた翌日、ぎっしり詰まった一日のスケジュールのなかで、午前中は保定市の地場企業への視察でした。

最初に訪れたのは長城自動車株式会社でした。

工場に着くと、まず会社の敷地紹介と今後の発展ビジョンについての説明を受けました。まだまだ建設中の会社敷地なんですが、将来従業員住宅区、工場、娯楽などを一体化した敷地の計画を見て、本当に広大だなあと感じました。敷地面積はもちろん、将来へのビジョンも大きく描かれているような感じがしました。
今回視察した工場は長城自動車株式会社のSUV車を生産する自社ブランド「HAVAL」の新工場です。工場は日本の安川電機をはじめとするロボットを活用した現代的な工場です。
「HAVAL」という車種は自社開発のエンジンのほかに、スイス、イギリスや日本などの先進国からの技術も取り入れられているそうです。実際にこの工場で生産した「HAVAL」SUV車に試乗させていただきました。
平坦な道と傾斜した道を早いスピードで走りましたが、気分も悪くなく乗り心地は良かったと思います。ここで生産した車の市場は中国国内と中東がメインだそうです。

長城自動車株式会社HAVAL工場のミニチュア立体設計図を見学
長城自動車株式会社HAVAL工場のミニチュア立体設計図を見学

長城自動車株式会社HAVAL工場の完成車
長城自動車株式会社HAVAL工場の完成車

次に、保定市中関村イノベーションセンターを視察しました。
中関村(ちゅうかんそん)」は北京の地名であり、日本ではあまり知られていませんが、中国では「中関村」といえば、中国版シリコンバレーというイメージです。

さて、なぜ保定市で北京の地名がついているイノベーションセンターがあるかというと、やはり前述したように、京津冀協同発展という戦略のもとで、北京の中関村で成功したIT人材と一部の産業を保定市に移転し、母体の北京中関村の指導を受けながら、保定市でもイノベーションを興すために設立されたものと考えられます。

今回は保定市中関村イノベーションセンターに進出した企業の紹介と、いま開発中の一部の技術を見学しました。保定市中関村イノベーションセンターは2015年に設立されたばかりですので、将来の発展が楽しみですね。

保定市中関村イノベーションセンターについての解説
保定市中関村イノベーションセンターについての解説

保定市ビジョンと書かれたパネル展示
保定市ビジョンと書かれたパネル展示

両市写真家協会合同写真展開催(保定市博物館)

午前中の企業視察が終わり、保定市撮影家協会が主催した歓迎昼餐会の会場に向かいました。この昼餐会は、訪問中で保定市民間主催の唯一の食事会です。 実は米子市写真家協会と保定市撮影家協会という民間団体同士の交流がとても盛んで、今年(2017年)で30周年になります。米子市と保定市の交流の「先輩」ですね。

30年前から、保定市には「ラッキー(楽凱)」というフィルムの工場があり、写真愛好者が多い町といえます。当時、まだ中国では、写真撮影技術が発達していない時期に、福島多暉夫先生をはじめとする米子写真家協会の皆様から写真の技術指導を受けながら、相互訪問を通じて、交流を重ねてきました。

歓迎昼餐会では、古き友達(老朋友(ラオペンヨウ))の温かい再会の場面がたびたびありました。30年間に渡る絆の深さを感じました。

歓迎昼餐会が終わった後、保定市博物館で両市写真家協会合同写真展が開催されました。盛大な開幕式が行われ、李俊嶺(りしゅんれい)保定市副市長や保定市撮影家協会の展寧主席などが出席されました。保定市の地元メディアも多数来ており、全過程を取材していました。

この合同写真展で、一番驚いたことは、中国伝統的な紙―「画仙紙(がせんし)」を使って写真を展示していたことです。写真を「画仙紙」に写し、展示されていました。私は初めてこのような写真展を観ました。後で保定市撮影家協会の関係者から聞いた話ですが、「画仙紙」で写真を展示する発想は保定市外事弁公室(米子市の国際交流室に当たる部署)のトップである潘志勇(ぱんしゆう)さんからのアイデアなのです。
潘志勇さんは、今回の訪問団を接待した保定市側の責任者であり、保定市撮影家協会のメンバーでもあります。本当に国際交流と文化交流に熱心な方だなあと思いました。

日本と中国は同じ歴史が古い国同士で、伝統工芸も代々に伝わっています。伝統工芸を活用し、現代風に巧みに利用したら、伝統文化の生命力がまた蘇るのではないかと、今回の合同写真展を見て感じました。

両市写真家協会合同写真展の開幕式
両市写真家協会合同写真展の開幕式

保定市撮影家協会主催の歓迎昼餐会でお土産の交換
保定市撮影家協会主催の歓迎昼餐会でお土産の交換

展示された写真を鑑賞する来場者
展示された写真を鑑賞する来場者

一緒に写真を鑑賞する野坂市長と李俊嶺副市長
一緒に写真を鑑賞する野坂市長と李俊嶺副市長

米子市交流展示室をリニューアル(保定市博物館)

合同写真展が終わり、博物館の2階に移設してリニューアルされた新「米子市交流展示室」に移動しました。
ここで両市の参加者総勢で、新しい「米子市交流展示室」を見学しました。

展示室は保定市外事弁公室のトップである潘志勇さんからのご提案により、6台のLEDパネルが設置され、米子市の産業、観光、自然環境、歴史、文化など米子市の魅力や両市友好交流の記録が展示されており、日本語と中国語が交互に表示されます。

米子市交流展示室のLEDパネル展示
米子市交流展示室のLEDパネル展示

米子市交流展示室で野坂市長と李俊嶺副市長
米子市交流展示室で野坂市長と李俊嶺副市長

幸いなことに、私は米子市の中国国際交流員として、米子市国際交流室の皆さんと一同に、新「米子市交流展示室」を準備する段階から携わらせてもらいました。

私は翻訳の作業をメインで行ないました。日本語を母国語に翻訳するのは一見簡単なように思えますが、実際にやってみると、自分の知識不足を感じました。言葉そのものを訳すより、自分が米子で体験してわかってきたことをいかにわかりやすく保定市の皆さんに伝えるかが鍵だと思い、取り組みました。
私が米子市の中国国際交流員である間に、新「米子市交流展示室」の準備に参加できたことを本当に光栄に思います。

米子市交流展示室でサインする野坂市長
米子市交流展示室でサインする野坂市長

米子市交流展示室で野坂市長と李俊嶺副市長
米子市交流展示室の前で訪問団集合写真

米子市交流展示室の正面写真
米子市交流展示室の正面写真

米子市・保定市友好都市締結25周年記念式典

記念式典は和やかな雰囲気の中で行なわれました。
私は野坂市長の随行通訳として参加しました。すごく緊張しながらも、無事に通訳ができました。式典の中で、両市の市長は今後の更なる友好交流を発展させていくことを確認されました。

自分はこのような経験から、文化と言葉も違う市と市、そして国と国の距離を少しながらも縮めることができたことを考えると、本当に国際交流員としてのやりがいを感じました。

市長会談
市長会談

両市の25周年記念お土産の贈呈式
両市の25周年記念お土産の贈呈式

保定市観光地「易水湖(えきすいこ)」を視察(保定市易県)

保定市訪問の2日目は保定市の観光地への視察でした。

目的地は「易水湖」という新規開発された観光地です。清の時代の皇族墓地である世界遺産の(しん)西陵(せいりょう)を有する易県の県内にある「易水湖」はもともと1950年代に建設された人工湖で、90年代から観光地に変身しました。
現在、中国「北方の桂林」と呼ばれています。

訪中団は遊覧船に乗って「易水湖」を巡りながら、養生島(ようじょうとう)と呼ばれている島の埠頭に近くと、別荘が養生島の山奥に並んでいるように見えました。ほとりに下りて、養生島に入っていくと、中国経典「易経」の中の教えがところどころに書かれています。

解説員の話によりますと、ここは将来「中国易経文化」と「中国伝統医学」を発揚する観光地を目指しているそうです。易経文化といえば、自然療法の陰陽五行説があります。将来的に中医学による治療基地を計画しており、定期的に太極拳大会などを行う予定もあるそうです。ここ「易水湖」は北京の西側に位置しており、おそらく北京・天津・保定などの都市人口を狙い、開発されているのではないかと考えます。

易水湖遊覧船から見た養生島
易水湖遊覧船から見た養生島

易水湖の養生島の埠頭にある中医学経典「黄帝内経」作者の銅像
易水湖の養生島の埠頭にある中医学経典「黄帝内経(こうていだいけい)」作者の銅像

易水湖の養生島で見学する訪問団
易水湖の養生島で見学する訪問団

保定市訪問から2か月

保定市訪問を終えてあっという間に2か月が経ちました。この間、私は疲れからか風邪を引いてしまい、東京での国際交流員の研修や中国映画祭の開催などありましたが、いまでも訪問中の全てが記憶に新しいです。

今回の訪問日程は3泊4日で、移動時間を除くと、保定市での滞在は2日間でした。短い期間なので、スケジュールもすこしハードで、ゆっくり保定市を堪能することができませんでした。しかし、いろいろな新発見もありました。私の中での保定市像も少しできました。

今回、米子市訪中団と一緒に保定市を訪問して感じたことがいくつかあります。まず、米子市と保定市の友好都市締結25年間の歩みの資料を見て、市役所や民間の方々からの話を聞いて、本当に様々な交流を重ねてこられており行政間、民間同士の絆の深さを感じました。

ただ、これからの友好交流を考えると、もっと次代の交流を担う若手が出てくることを望みます。国と国はいろいろな懸案があるからこそ、友好都市そして民間同士の友好交流がますます重要になってくるのではないでしょうか。

また、保定市は面積が大きく、人口が多い町で、まだまだこれから発展していく未来ビジョンがある町だと感じます。保定市は自動車、IT、エネルギー、観光などの産業を育てている最中であり、様々な成果を出している一方で、日本でもよく取り上げられる冬季の大気汚染の問題に直面しています。

今回の訪問中、この問題について、保定市外事弁公室の職員が、保定市は今、アイスランドと提携して、市内の地熱による暖房供給(注:中国の北部では、暖房は政府の公共事業として供給されています。)を共同開発し、老化した石炭暖房供給施設を取り壊すなどのエネルギー構造の転換の対策を講じていることを教えてくれました。 

保定市はいまの中国の縮図のように、各分野で向上している機運が高く、チャンスもたくさんあり、社会が目まぐるしく動いています。米子市は静かで穏やかで、非常に落ち着いていて気持ちのいい町です。
このような米子に居ながら、変化しつつある中国のこと、保定市で訪問したことに思いを馳せると、これからの中国が何か見えてくるように考えさせられます。

米子市・保定市友好都市締結25周年記念式典の参加者全員の記念写真
米子市・保定市友好都市締結25周年記念式典の参加者全員の記念写真

掲載日:2017年1月20日