国史跡 妻木晩田遺跡

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国史跡 妻木晩田遺跡

米子市淀江町と西伯郡大山町にまたがる大山北麗の丘陵上に展開しています。
妻木晩田遺跡のある通称「晩田山(ばんだやま)」には、古くから遺跡が存在することは知られていましたが、ゴルフ場開発に伴う大規模な発掘調査によって弥生時代の「ムラ」が姿を現しました。指定面積は152ヘクタールにおよびます。

弥生時代後半を中心とする400棟以上の竪穴住居跡(たてあなじゅうきょあと)及び500棟以上の掘立柱建物跡(ほったてばしらたてものあと)、30基以上の墳墓(ふんぼ)などが確認されています。

孝霊山山頂から望む妻木晩田遺跡の写真
孝霊山山頂から望む妻木晩田遺跡
妻木晩田遺跡から美保湾を望む風景
妻木晩田遺跡から美保湾を望む

発見された竪穴住居は、円形、多角形、隅丸方形、三角形など多様な平面形をしています。
また、焼失住居が20棟ほど確認され、詳細な分析により、竪穴住居の屋根のカヤの上に土をかぶせた土屋根住居(つちやねじゅうきょ)の構造も明らかになり、復元されています。掘立柱建物は、平地式または高床式の倉庫と考えられるものがほとんどですが、9本柱で構成される総柱の建物や庇(ひさし)をもつものなどがあります。

 四隅突出型墳丘墓の写真
四隅突出型墳丘墓

墳墓は、弥生時代後期の四隅突出型墳丘墓(よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ)など有力者の存在をうかがわせるものが確認されています。
また、最西端の位置に弥生時代後期前半の環濠(かんごう)も発見されています。

妻木晩田遺跡は、弥生時代の集落の全体の姿を知ることができ、さらに、集落構造の移り変わりがたどれる貴重な遺跡です。

リンク …  むきばんだ史跡公園ホームページ

掲載日:2015年2月25日