「大和」の名前の由来を残す三輪神社

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「大和」の名前の由来を残す三輪神社

淀江町小波にある三輪神社…そこは、その昔、現在の奈良県に存在していた大和国と深い関係がある場所です。

三輪神社(三輪神社)

「古事記」などに記されている第10代崇神(すじん)天皇の時代、諸国に疫病が流行し、盗賊が横行していたとき、天皇が夢のお告げによって大神(おおみわ)神社の祭神を祭らせたところ、たちまち疫病や盗賊は鎮まりました。そこで天皇は、国家の守り神として、大神神社の分霊を諸国に移して祭らせました。三輪神社もそのうちのひとつだったのです。

 

ただしこの三輪神社は、江戸時代の初期までは現在の場所から南東に約1キロメートル離れた小波字三輪山にあり、壮麗な社殿や大鳥居、三重塔のある神宮寺などが立ち並んでいた時期もあったということです。

 

以前、淀江町の佐陀・中間・小波・平岡地区を合わせて「大和村」と呼んでいたのも、この三輪神社の氏神が大和国とつながっている由緒にもとづいています。現在、淀江公民館分館と保育園、郵便局、そして公園運動広場が「大和」の名前を残しています。

掲載日:2012年3月28日