農民の血と汗の歴史の山

本文にジャンプします
農民の血と汗の歴史の山

標高114メートルのちいさな山「壺瓶山(つぼかめやま)」は、坪上山とも書かれます。山の名前の起こりは、山頂一帯に30近くの古墳群が分布しており、昔この山からツボやカメが多く出土したことによると言われています。

 

現在は茶畑なども広がり、木々の間から日本海を垣間見たり、雄大な大山の姿を眺めることができる丘陵地となっています。

壺瓶山から望む大山(壺瓶山から大山を望む)

そんなのどかな風景が広がる壺瓶山ですが、数々の歴史を秘めた山でもあります。特に江戸時代には鳥取藩の過酷な年貢の取り立てに苦しんだ農民たちが、この山で伯耆の国で最大の農民一揆を起こした歴史があります。

 

享保17年(1732年)と宝暦元年(1751年)には、会見と日野の農民数万人がこの山に立てこもって、時の藩政に抗議したという記録が残っています。「坪上山騒動」として語り伝えられていますが、そういう意味では、農民たちの血と汗が染み込んだ歴史の山とも言えます。

掲載日:2011年9月22日