戦国時代の古戦場 富繁城跡

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戦国時代の古戦場 富繁城跡

淀江町内には富繁、福頼、平岡、佐陀、淀江、北尾、小波など、戦国の古城跡が数多く存在します。戦国の世とはいえ、それだけ多くの城があったというのは驚きなのですが、一般的な城のイメージである石垣と天守閣を構えたものではなくて、砦のようなものだったと思われます。

 

これらの城の中で、富繁城跡は他の城跡に比べて比較的昔の姿をよく残しています。この城は、東伯耆と西伯耆・日野方面を結ぶ交通の要所だったため、幾度か攻防をくり返した古戦場だったようです。

 

ここの地名は古くは外構(とがまえ)村だったのですが、江戸時代になって、土地の繁栄を願う意味を込めて富繁村に改名しています。

富繁城跡 石碑

石碑の前から続く坂道を登ったところに本丸があったと思われますが、現在は畑地になっています。前面に川が流れ、後方は深い谷に守られた天然の要害で、戦国の世にどんな攻防が行なわれたのか。
残念ながらその記録を目にすることはできません。

掲載日:2011年8月10日