スポーツを通して、観光を通して、日本を元気にしたい

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スポーツを通して、観光を通して、日本を元気にしたい

観光庁長官 溝畑宏さん
スポーツ観光マイスター 小原工さん

日本を元気にするために観光庁では、スポーツと観光をつないでいる。そして国内外に日本の良さを伝えるため、世界で活躍するアスリートに、「スポーツ観光マイスター」として協力を依頼。そして日本のトライアスロンの第一人者である小原工氏と、観光庁の溝畑長官が、地域からのスポーツ振興について話し合いを行なった。(取材日:3月7日)

―スポーツと観光の結びつきについて、お二人の考えを教えてください。

溝畑長官(以下、溝畑)「スポーツには『見る・する・支える』というさまざまなかかわり方があり、老若男女が参加できますから、スポーツの市場というのは潜在的に大きいのです。日本は空気と自然がキレイですし、しかも治安が良い。大会運営に関してもノウハウを持っている。こうした資源を観光とつなぎ合わせれば、『スポーツ観光』というのは立派な市場になりますし、大きくなっていくのです。その中で鳥取県を中心にトライアスロンの魅力を広めている小原さんに、スポーツ観光マイスターとして、熱い情熱と地元を愛する思いを日本や世界に伝えてもらいたい」
小原工(以下、小原)「私は任命を受ける前からスポーツと観光をつなげる仕事をしていまして、これからもっと大きくしていきたいというときに、マイスター任命の話をいただきました。トライアスロンは自分のペースやライフスタイルに合わせてできますので、するかたや見るかた、支えるかたが増えてきているんですね。そこで卜ライアス口ンの魅力を伝えていきつつ、鳥取の魅力を知ってもらえたら嬉しいです」

―何故トライアスロンを始めたのでしょうか?

小原「仙台大学に通っているときに、偶然トライアス口ン部ができ、そのころは水球をやっていたのですが、私より水泳のタイムの遅い選手がトライアス口ンの国際大会で水泳を上位で上陸する姿を見たんです。これなら自分のほうが上に行けると思いましたし、考えてみると自分の育った鳥取県の米子市は、日本で最初にトライアス口ンの大会を開催した場所ですし、これはやるしかないと思ったのです。そしていきなりトータル190キロメートルの全日本トライアス口ン皆生大会にチャレンジしたのですが、結果は散々。自分には向いていないなと思いながら進んでいたのですが、ゴールに近づくとダメな自分を祝福してくれる人がいた。トライアス口ンは制限時間内でゴールした全員にゴールテープが用意されているんです。そのテープを切った瞬間、ポンっと自分の脳裏に『何年かかってもこの大会で優勝する』とわきました。それから練習に励み、2年後に優勝することができました」

―鳥取ではどのような活動をしているのでしようか?

小原「今はトライアス口ンの合宿誘致に力を入れていまして、国内の日本代表クラスの選手から一般の愛好家まで、幅広いかたがたに来ていただいています。コース案内から練習環境の良い場所、併せて景色の良い場所を案内しながら、鳥取をもっと好きになってもらえるような活動をしています」
溝畑「プ口スポーツチームのキャンプ誘致を行なっている宮崎や沖縄のように、各地域の個性に合った合宿誘致というのは大切なことです。それにこれからは、ローカルでもグ口ーバルの視点がないと生き残れませんし、世界競争に巻き込まれるはずです。今ですと旅行を申し込むときはインターネットを使って検索をしますので、選択肢は世界各国に広がっています。反対に、魅力さえうまく伝えれば、海外の人たちが日本の地方に来ることになるのです」
小原「最近は韓国のかたがたがフェリーに乗って、自転車持参でサイクリングするために鳥取へ来ているんですよ。県のかたがたが中心となりサイクリングロード整備検討会が発足し、私もその一員として、海外の人たちにサイクリングを楽しんでもらえるような環境作りをしています。
溝畑「韓国に限らず、世界各国から人を呼びたいですね。鳥取はほかのアジアの国から距離的にも近いですからチャンスは大きい。しかも大山という自然の恵みがありますよね。我々は当たり前だと思っていますが、海外のかたが一番日本に関心を持つのは水や空気がキレイなこと。水がおいしい、空気がキレイという環境は、マラソンやトライアスロンのコースには不可欠です。とりわけトライアス口ンは水がキレイでなければできませんから」
小原「確かに大山は西日本で市販されるぐらい水のおいしいところです。そういった自然を求めているかたも多いですよね」
溝畑「そして東京マラソンのような大きな大会があれば、それをキッカケに周辺の観光地へ行く人も増えるはず。鳥取には砂丘やゲゲゲの鬼太郎といった多種多様な観光資源がありますから。そこに小原さんのような情熱と地域愛、グローバルな視点を持ったかたがいれば、地方自治体と民間の人をつなぎ合わせてくれるはずです」

―小原さんの座右の銘が『努力無限』ということですが、その言葉の意味を教えてください

小原「これはヱスビー食品元陸上部監督の故中村清さんの『天才の力は有限、努力は無限なり』という言葉からです。私は子供のころから実績も能力もなかったと思いますし、何より自信が持てなかった。しかしトライアス口ンを始め、強くなっていく自分を振りかえったとき、この言葉が胸に響いたんです」
溝畑「いい言葉ですね。私は『着眼大局・着手小局』が好きです。理屈ばかりこねていないでまずはやる。だから私も偉そうに『マラソンやトライアス口ン』って言うなら、体感しようと思い、高松で5キロメートル、東京マラソンや奄美大島で10キロメートルを走りました。それで思ったのはマラソンもトライアス口ンも参加すると、地域との絆が深まるんですよ。普段、1人で2、3キロメートルを走っているよりも、沿道の人から『頑張れ』って声援を受けると、10キロメートルでも楽しく走れるんですよ。そうなると応援してくれた地域のことが好きになりますよ。それはまた、観光地をただ周る観光旅行ではありえないこと。応援している人たち以外にも、ボランティアや参加者の家族がサポート役として大会に参加しています。そうしたかたがたとのコミュ二ケーションが地域や家族の絆を生むのです。そうした交流が結果的に、日本を元気にするんですよ」

―今後はどのような活動をしていきますか?

溝畑「今ですと観光に訪れたかたが、旅先でふとスポーツをしたいと思っても、道具をもっていませんから、そこで、終わってしまいます。しかし宿泊施設など旅先にレンタルのスポーツ用品があれば、それはチャンスになるのです。スキーとゴルフは定着していますが、地方自治体と各種スポーツ団体、宿泊施設、旅行会社が連携すれば、スポーツ観光はもっと大きくなります。こうしたつなぎ役を我々はしていきます」
小原「今後は全日本トライアス口ン皆生大会の素晴らしさを、海外にPRしていきたい。皆生は日本のトライアス口ンの原点ともいうべき場所であって、さきほど長官がおっしゃった日本の魅力をすべて兼ね備えていると思います。自然でもそうですし、人とのつながりもあります。皆生の大会では給水所のほかに、個人で用意した水をかけたり、選手が喜ぶ支援をしてくれる人たちがたくさんいます。こうした人たちの心意気が伝わり、『名前はわからないけど、毎年あの場所にいる人に会うために来ている』と、人とのつながりを求めて参加する選手も多いんです」
溝畑「人とのつながりや自然がウリとなって、私はそれこそ皆生がアジアにおけるトライアスロンのメッカになると思います。そうなったらアジアの選手たちが『皆生に行こう』となりますから、観光にもつながる。PRや準備も大変ですが、みんなの力を合わせて『アジアの皆生になろう』とか、目線を上げられるのもスポーツの魅力ですよね。観光で大切なことは、ここにしかないものを作ること。すばらしい自然があって、スポーツができる。その象徴としてトライアス口ンがある。小原さんのように地域の宝物を使って、地域に根ざした活動を行なっていく心意気は、日本を元気にさせますよ」(対談終了)

参考:観光庁スポーツ観光ポータルサイト「スポ・ツー・ナビ」へのリンクhttp://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/sports/index.html

観光庁長官
溝畑 宏(みぞはた ひろし)
1960年8月7日生まれ京都府出身
1985年旧自治省へ入省し、北海道庁地方課・財政課にて2年10か月勤務。その後、2002年に大分県企画文化部長、2004年には大分県参事となり、同年株式会社大分フットボールクラブ代表に就任。観光庁長官は2010年から務め、現在はプレイングマネージャーとして現場主義、フットワーク、スピード感、ネットワーク作りをスローガンに、ジャパニーズセールスマンとして積極的な観光政策を展開している。

スポーツ観光マイスター
小原 工(おばら たくみ)
1967年2月9日生まれ鳥取県出身
仙台大学在学中にトライアス口ンを始め、1992年に全日本トライアスロン皆生大会に優勝。その後、ASTCアジア選手権やジャパンカップシリーズで次々に優勝を果たし、トライアス口ンが正式種目となった2000年のシドニーオリンピックに出場。現在は、地元鳥取県米子市でトライアス口ンの普及活動に努めている。

 

掲載日:2011年4月19日